フィギュア羽生、2種類の4回転で点稼ぎ金を手に
フィギュアスケートのショートプログラム(SP)で披露した羽生結弦(ANA)の滑りは素晴らしいの一言。自身の世界最高得点を塗り替えた演技は、まさしく彼にとってこれまでで最高の演技だった。
一つ一つの動きが伸び伸びとしていて、まるっきり不安を感じさせない。得意のジャンプやスピンなどの個々の要素が生き生きとして、全体が素晴らしかった。しかも体がよく動いて止まるところがない。全ての面で試合をやるごとにどんどん良くなってきた。
■演技構成点、フリーでも期待できる
つなぎの部分でもいろんな体の使い方をしていて、手の動きひとつをとってもそれぞれに表現が込められている。演技構成点はパトリック・チャン(カナダ)の方が高かったけれど、差は0.57点しかない。SPでこれだけ評価されたということは、フリーでも演技構成点は期待できるということだ。
今度は2種類の4回転ジャンプが入るので、それが成功すればかなりの得点源になる。そこで稼いで、演技構成点でチャンと差がない滑りができれば金メダルに手が届くはずだ。
そんな羽生の演技が、同組ですぐ後にリンクに登場したハビエル・フェルナンデス(スペイン)とチャンに重圧をかけたのだろう。得点を直接見ていなくても、大歓声に沸く会場の雰囲気で高得点が出たことは伝わるもの。その証拠に、出てきたときのチャンの表情は硬かった。トリプルアクセル(3回転半ジャンプ)でミスを犯し、珍しくステップで一瞬バランスを崩す場面もあった。
昨年12月のグランプリ・ファイナルで敗れるなど、このところ羽生に押されているということも頭にあったのだろう。ただ、ミスがあってもそれなりに評価されるのが彼の素晴らしいスケーティング技術。風格のある大きな滑りは、さすが世界王者というところだ。
■表彰台の残り1枠の争いも激しく
その2人による金メダル争いとともに、表彰台の残り1枠を巡る争いも激しい。3位のフェルナンデスから13位のトマシュ・ベルネル(チェコ)までが5.89点差という大混戦。プレッシャーのせいか全体的にミスが多かったことに加えて、これまで上位に顔を出せなかった中間層が良い演技を見せていた。
自分の持ち味を出し切った5位のピーター・リーベルス(ドイツ)、4回転ジャンプなしでも正確な演技でアピールした6位のジェーソン・ブラウン(米国)らだ。
今大会はエントリーした30人のうち、18人がSPのプログラムに4回転ジャンプを組み込んでいた。そのうち実際に成功したのは7人。4回転は一つの武器ではあるけれど、失敗すれば逆に自分の首を絞めるようなもろ刃の剣でもある。
■高橋、4回転失敗するも気迫の滑り
そんな中で高橋大輔(関大大学院)は冒頭の4回転ジャンプに失敗して3回転と判定された。右脚のけがの影響が出てしまった形だが、その後の滑りは気迫を感じさせるものだったし、ミスがあったのは4回転だけ。あの失敗がありながら4位につけているのだからメダルの有力候補といっていい。フリーは演技の要素が増えるので、仮に4回転でミスが出たとしてもほかでカバーできるという面もある。
町田樹(関大)はちょっと気負ったような感じがあった。最初の連続ジャンプでは4回転の着地が完璧ではなかったから間が開いてしまい、続く3回転トーループが2回転になった。3回転ルッツも直前の動きで体が揺れて体勢が十分でなく、2回転になってしまった。いいときと比べると気持ちが出過ぎた感がある。
それでもフリーは思い切って臨めるだろうし、ロシア人のストラビンスキー作曲の「火の鳥」は地元で受けるはず。観客も味方につけて滑る気持ちになればいい。高橋、町田ともに表彰台は射程圏。羽生と併せて2つのメダルを期待しながらフリーの演技を見守りたい。
■滑らず去ったプルシェンコは残念
1つ残念なのは、今大会の大きな話題だったエフゲニー・プルシェンコ(ロシア)の演技が見られなかったこと。自分で棄権を申し出るくらいだから、腰の痛みは相当ひどい状態だったのだろう。以前はフィジカル面で問題が起きた場合、レフェリーの判断で演技開始を遅らせることもできたけれど、今はルールが変わって一切認められない。
異例の特別テストを経て代表に選ばれたわけだが、そのときにかなり無理をしたのではないか。団体戦での演技も、彼の一番いい頃を考えればもうひとつだったけれど、ロシアの金メダル獲得に貢献した。万全ではなくとも、一時代を築いたスケーターが滑ることなくリンクを去る姿には寂しさを禁じ得ない。
(日本スケート連盟名誉レフェリー)