ミス許されぬフィギュア男子 技術よりメンタル勝負
フィギュアスケート男子は13日のショートプログラム(SP)で個人戦が始まり、団体戦に続く第2幕を迎える。今までと違って先に団体戦があったことで、選手は比較的リラックスして演技に臨めるのではないだろうか。そこで滑らなかった選手もチームの一員として雰囲気を味わっているし、みんないい表情をしている。いい意味の緊張感は持ちつつも、必要以上に硬くなることなく滑ることができるだろう。
■羽生、団体戦がいいリハーサルに
まずはSPの2分50秒の中にどれだけ凝縮したものを出せるか。日本勢は三人三様の違ったタイプの選手がそろっているので、それぞれが自分の力を発揮できればいい結果がついてくるはずだ。
団体戦SPで1位となった羽生結弦(ANA)は持っているものをそのまま出せていた。彼にとっては個人戦に向けていいリハーサルみたいな形になって、ウオーミングアップは十分。体の動きを見てもコンディションは良さそうだ。団体戦と同じSPから入るわけだから気持ちの上でも不安はないだろうし、リンクの状態もつかめているだろう。
今季は自分のスケートというものを確立して自信を持って滑れる状態になっている。グランプリ(GP)ファイナル優勝など結果も残していて、4回転ジャンプも安定した形で跳んでいる。19歳と若いので疲労も心配いらない。誰よりも自信を持ってリンクに立てるのは間違いない。
■高橋、4回転ジャンプがカギに
町田樹(関大)も団体戦フリーでは最初の4回転ジャンプをとてもいい感じで跳んでいた。彼は自己暗示型みたいなところがあって、団体戦の後も自分を奮い立たせるような発言をしていた。結果として団体戦は5人中3位だったが、それはあまり関係なく個人戦に臨めると思う。あとは集中して演技すればいい。
団体戦に出場しなかった高橋大輔(関大大学院)は、よし今度は俺の番だ、と燃えているんじゃないか。ベテランだから、仲間の演技からいい意味で刺激を受けたはずだ。痛めていた右脚に心配がなければ、確実に力を出せる選手。4回転ジャンプさえクリーンに跳べれば総合的な力は世界でも1、2を争うものを持っている。
■最大のライバルは世界王者チャン
その日本勢の最大のライバルは、やはり世界選手権3連覇中のパトリック・チャン(カナダ)だ。3位に終わった団体戦のSPでは、かなり緊張していたように見えた。彼は勝って当たり前という立場なので、そういう意識があったのだろう。ジャンプ以外も全体的にいつものチャンとは違う動きだった。とはいえ、そこで一度滑ったことで今度は自分なりに重圧をコントロールしてくるはず。スケーティング技術を含めて素晴らしい力を持っているのは間違いない。
そして要注意なのは、団体戦で予想以上に頑張っていたエフゲニー・プルシェンコ(ロシア)。さすがに3大会連続でメダルを獲得してきたベテランだ。ただし団体戦のフリーでは転倒こそなかったものの、3回転ジャンプが2回転になったり、動きが小さくなったりしていた。完全に力を取り戻しているとまではいえない。パワー不足をプログラムなどでカバーしていて、演技時間の短いSPではそれなりのものを見せてくるだろうが、フリーをどう乗り切るかが課題となる。
■フェルナンデス、テンも優勝争いに
団体戦に登場しなかった選手の中で優勝争いに絡んできそうなのはハビエル・フェルナンデス(スペイン)とデニス・テン(カザフスタン)。フェルナンデスは今季序盤のGPシリーズでは調子がいまひとつ上がらなかったが、連覇を果たした欧州選手権でしっかり力を見せた。2種類の4回転ジャンプを持っているし、SPでも確実に4回転を跳んでくるだろう。
テンは全体のバランスが取れている正統派。昨年の世界選手権で2位となって一皮むけた印象だ。以前はジャンプがもうひとつだったのに、世界選手権では4回転をクリーンに跳んでいた。確実に力をつけており、表現力と技術力を兼ね備えた怖い存在だ。
ケビン・レイノルズ(カナダ)も注目される選手。チャンに代わって滑った団体戦のフリーでは3度の4回転ジャンプを成功させた。ジャンプは得意中の得意という選手だが、プログラム全体を見ると優勝争いという点ではまだまだだろう。それでも得点を稼げるものを持っているというのは強みでもある。
17歳の閻涵(中国)もすごく力をつけてきた選手の一人。もともとジャンプは得意だったが、ローリー・ニコルの振り付けで良いプログラムを滑るようになった。SPは2分50秒と短いので、意外な躍進を見せる可能性もある。逆に言えば、ベテランや優勝候補もきちんと滑らなければ思わぬ落とし穴にはまることもあり得る。
■いい体調で臨み、確かな力を出せるか
世界選手権は個人の戦いだけれど、五輪は国の代表ということで期待が大きい分、プレッシャーを感じることがある。実力がなければ勝てないのはもちろんだが、いい体調で臨めるかどうかが結果を左右する。
フィギュアスケートの技術は年々進歩している。今季はトップクラスの選手だけでなく全体の3分の2以上が4回転ジャンプを当たり前のように跳んでくる。前回のバンクーバー五輪では4回転を跳ばないエバン・ライサチェク(米国)が制したが、もはやプログラムのうまさだけで全てをカバーできる時代ではなくなった。
メダルを狙うためにはSPでのミスは許されない。こうなってくると技術というよりはメンタルの勝負。確かな力を持った上で、それを出せるかどうかというレベルの争いになる。見ている方も緊張感たっぷりの手に汗握る勝負となりそうだ。
(日本スケート連盟名誉レフェリー)