南米選手、欧州リーグ移籍は両刃の剣
サッカージャーナリスト 沢田啓明
8月上旬、欧州のサッカーシーズンが始まった。開幕前に大きな話題を集めたのが、ブラジル代表FWネイマール(バルセロナ)、ウルグアイ代表FWエディンソン・カバニ(パリ・サンジェルマン)、コロンビア代表FWラダメル・ファルカオ(モナコ)ら巨額の移籍金でビッグクラブへ移った南米出身の選手たちだ。昨シーズンまで4季連続で世界最優秀選手に選ばれているアルゼンチン代表のエース、メッシ(バルセロナ)を含め、近年の欧州サッカーは南米選手抜きでは語れない。
■選手の待遇、かつては大差なく
南米選手が欧州クラブでプレーするようになったのは1920年代に遡る。彼らの多くはイタリア、スペイン、ポルトガル、ドイツなど欧州各国からの移住者の血を引いており、父祖の地・欧州でプレーすることにさほどの違和感はない。
それでも、「サッカーの王様」と呼ばれたペレはついぞ欧州クラブでプレーすることはなかった。70年代から90年代前半のスーパースターだったジーコ、ソクラテスらも主な活躍の舞台はブラジルの国内クラブだった。それは当時、欧州と南米で選手の待遇に大差がなかったからでもある。
■トップ級移籍、欧州CLが転機
状況が変わったのは、90年代に欧州最強クラブを決める大会が「欧州チャンピオンズリーグ」と改称され、規模が急拡大して大きな注目を集めるようになってから。この大会で好成績を収めれば莫大な収入を見込めるため、欧州のビッグクラブは大金を費やし、外国のトップクラスの選手を獲得するようになった。
このような状況は、南米サッカーにとってもメリットがあった。契約期間中に選手を移籍させたクラブに多額の違約金が入り、それを下部組織での選手育成に再投資できる。欧州へ渡った選手はより高いレベルでプレーし、最先端の戦術を学び、さらに外国で生活して異なる文化や習慣を体験することで、選手としても人間としても成長を促された。90年代以降、南米各国のトップ選手はほぼ例外なく欧州の強豪クラブへ移籍し、大きく成長した姿を自国代表でも披露して中心的な役割を担うことが多かった。
その半面、南米選手が欧州でプレーすることによる弊害がないわけではない。近い将来のスター選手をできるだけ安価に手に入れようと、欧州クラブは南米選手の「青田買い」に走るようになった。
■環境に適応できない選手も
しかし、若くして外国の異なる環境に放り込まれると、生活やプレースタイルの違いにうまく適応できず、伸び悩むケースも出てくる。選手層の厚いビッグクラブで出場機会を減らし、キャリアの上で後退を余儀なくされることも少なくない。
例えば2006年、17歳でインテルナシオナル(ブラジル)から衝撃的なデビューを飾り、18歳でブラジル代表に初招集されたFWアレシャンドレ・パト。抜群のスピードとテクニックを備え、天才的なアイデアでゴールを陥れて「10年、14年ワールドカップ(W杯)でブラジル代表のエースになり得る逸材」と絶賛された。
ところが、国内で半年間プレーしただけでACミラン(イタリア)へ移籍してからは、筋力トレーニングを積んで体は大きくなったものの故障を繰り返し、次第にかつての輝きを失っていった。今年からコリンチャンス(ブラジル)でプレーしているが、これまでのところ、期待に十分応えていると言いがたい。
■カカらも以前の輝き失う
03年、21歳でサンパウロ(ブラジル)からACミランへ移籍したMFカカも、最初の数年間は素晴らしいプレーを見せてチームの中心選手だったが、09年にレアル・マドリード(スペイン)に移籍してからは出場機会が激減し、ブラジル代表からも遠ざかっている。
アルゼンチンのU-20(20歳以下)代表で傑出したプレーを見せて将来を嘱望されたFWサビオラ、MFアイマールも、欧州へ渡ってから成長が鈍化し、A代表の主力にはなりきれなかった。
一般的に言えそうなのは、本国で実戦経験が少ない若手がすぐに欧州ビッグクラブへ移籍すると、失敗するケースが多いということだ。
■サポート体制も成功のカギ
元ブラジル代表のFWロナウドは17歳で欧州へ渡ったが、いきなりビッグクラブに入るのではなく、PSV(オランダ)という欧州全体では中堅のクラブへ移籍して経験を積んだことがその後のバルセロナ、レアル・マドリードでの成功に結びついたと見られている。
また、周囲のサポート体制がどれだけ整っているかも、選手のパフォーマンスに大きな影響を与えることが多い。
所属クラブで出場機会が少ない選手はキャリアを優先するなら、出場機会を得られそうなクラブへ移籍するのが望ましいはずだ。しかし、長期契約を結んで高額年俸を保証されている場合、他クラブから提示された条件がそれを下回れば、満足のいかない状況ではあっても残留を選ぶことが多い。その結果、キャリアにおける貴重な時間を失ってしまう。これは、選手本人にとってもサッカー界にとっても大きな損失だろう。
■ネイマール、活躍できるか…
バルセロナへ入団したネイマールは、まだ21歳だ。しかし、すでにサントス(ブラジル)で4年間プレーしており、選手としての経験は十分に積んでいる。また、元プロ選手である父親と彼のスタッフが確かなサポート体制を敷いている。
今シーズン、ネイマールがバルセロナでどのようなプレーを見せるかは、欧州サッカーの最大の注目点の一つ。来年の自国開催のW杯で優勝を狙うブラジル代表にとっても、非常に重要な意味を持っている。