藤原新「五輪マラソン、意外と通用するのでは」
■"アウェー"に慣れるため米国トレ
ロンドン五輪の男子マラソンが行われるのは8月12日です。そこに向けて、実戦的なトレーニングを積むのは5月からの3カ月間になります。3、4月はその練習をするための体づくりという位置付けです。
イメージとしては7月を迎えたときには、2時間7分48秒の自己ベストを出した東京マラソンのときと同じような体にしておきたい。そこから未知の世界に入っていき、さらに体を磨いていきたいと思っています。
日本にいると何かと騒がしいので、今週から米国カリフォルニア州のカーメルでしばらく合宿を張ります。静かな環境で淡々とトレーニングに打ち込むつもりです。
海外に出るもう一つの理由は、ロンドン五輪をにらんで、いわゆるアウェー、つまり海外の環境に順応するすべを身につけるためです。
5月上旬に帰国して、13日の仙台国際ハーフマラソンに出場します。さらに27日にはロンドンで行われる10キロのレースに出る予定です。その後のことは、まだはっきりとは決めていません。カーメルがいいところだったら、6月にまた行くかもしれません。
■アプローチの仕方を変える
故障もあって、2010年のニューヨークシティ・マラソンで途中棄権し、11年の東京マラソンは57位と大惨敗を喫しました。その不振を脱して、今年の東京で自己ベストを出したわけですが、マラソンのトレーニングについての考え方はずっと変わっていません。
長崎・諫早高校時代から、ランニングフォームを大事にしています。いいフォームで走らないと、いい練習ができない。その考えは同じですが、いいフォームを再現するためのアプローチの仕方を変えました。
これまでは、角度がどうだ、モーションがどうだ、タイミングがどうだと、あれこれ考えてフォームをいじくり回してきた。10年くらいの間、いじくり回していたと思います。
■「カーヴィーダンス」を取り入れる
いまはそういうことをしなくなりました。そうなったのは、樫木裕実さんの「樫木式カーヴィーダンス」を練習に取り入れてからです。
ピラティスをよりアクティブにした感じのもので、モデルや芸能人が美しい体をつくるために取り組んでいることで知られています。プロゴルファーや競馬の騎手も教室に来るそうです。
僕は昨年の12月から週に1度、樫木さんのところに通うようになったのですが、やり始めてすぐに「探していたものはこれかもしれない」と感じました。
だからもう、体の使い方、フォームの問題に関しては樫木さんに任せてしまったほうがいいと思ったのです。「いいフォームを獲得するために、この練習をする」という考え方を捨てて、「この運動をしてできたものこそが、いいフォームなんだ」と考えるようになりました。求めているものは同じですが、そこへの進み方が変わりました。
■いいフォームの再現性が高く
樫木式カーヴィーダンスは下腹部に重心を置いて、そこからすべての動作をコントロールします。これによって重心がものすごく安定して、ムダな力みがなくなりました。
どこかが鍛えられたのではなく、体の使い方が変わりました。本来、使うべきところを使うようになったという言い方が正しいでしょう。使い方しだいで機能の発揮具合は変わってきます。
樫木さんとトレーニングを始めてからは、いいランニングフォームが出やすくなりました。それまではトレーニングやレース中に「これだ」と思えるものが偶然出る感じだったのですが、いまは、いいフォームの再現性が高くなっています。
いいフォームを簡単に説明すると、下腹部を締めて、足首やひざではなく股関節で脚を動かして、地面をプッシュするというものです。そうすると、足を上げようとしなくても自然に上がる。プッシュする際は、すねの筋肉を使って足首を固めます。靴ひもはしっかり締めたほうがいいですね。
■心臓って面白い
今年の東京マラソンでは20キロを過ぎてからリズムをつかめました。そこからのフォームは映像で見ると、自分でもほれぼれします。
東京マラソンまでの過程をまとめると、こうなります。まずは、いいフォームの再現性が高まった。つまり調子が安定した。それによって、質の高い練習を継続的にこなせるようになった。その結果として、心肺機能が高まった。
最近、心臓っていうのは面白いと思っています。素直なやつなんです。刺激を与えれば、すぐに機能が向上します。
筋肉は疲労と回復のサイクルが単純ではないので、2歩進んでは1歩戻り、2歩進んでは3歩戻りという感じで、なかなか気むずかしい。その点、心臓は単純です。強い負荷を掛け続けると、順応して向上してくれます。
■心肺機能が向上
トレーニングではいつも心拍計をつけてデータを取っています。心臓と語り合いながら走っているわけです。
心拍数が毎分180を超えると、そのペースを維持するのはもう難しい。170だとしばらくは何とかなるけれど、途中でペースが落ちてしまう。
今年の東京マラソンのときは、1キロを3分ペースで走っても、心拍数は162か163までしか上がりませんでした。それ以前は170まで上がっていたのにですから、それだけ心肺機能が向上したということになります。
しかも、まだ向上し続けている途中でした。伸びる余地がまだあったということでしょう。心臓はたくましい。甘えさせず、いい刺激を与え続ければ、それだけ機能がアップします。
心拍数は気温に影響
ただし、もちろん2週間ほど、大したトレーニングをしないでいると、もとに戻ってしまう。「ああ、もったいない」と思いますよ。せっかく向上したんだから、しばらく休んだあとも、そのレベルからスタートさせてくれよと思うのですが、そうはいきません。
運動時の心拍数には、気温が影響します。15度を超えるとだいぶ変わります。ロンドン五輪は夏のレースです。だから当然、暑い中でいかに心拍数を上げずに、ハイペースを保てるかが問題になってきます。
暑くても1キロを3分で押していける体をつくらなくてはなりません。そのためには、そのくらいの刺激を少しずつ与え続けるしかありません。つぶれる前のぎりぎりのラインの刺激を与え続けるしかないのです。どこまで自分の心肺機能が向上するのか楽しみです。
■「あと少しのところまできた」感じ
「けっこういいところまでいけるんじゃないかなあ」と思っています。楽観主義者なのかもしれません。僕は小さいときからずっと、「意外に通用するじゃん」と思ってきました。
中学生になったときも、高校に上がったときも、拓殖大に進んで箱根駅伝に出たときも、実業団に入ったときもそうでした。生意気に聞こえるかもしれませんが、「意外と通用しちゃうなあ」と思ってきたのです。
いまは「さて、あと少しのところまできた」という感じがしています。オリンピックが終わったときに、「意外に通じたなあ」と言ってみたいですよ。
(藤原新選手のコラムは不定期で掲載します)