フィギュア、「回転不足」って何なのか
フィギュアスケートのシーズンが始まり、11日から北海道の真駒内セキスイハイム・アイスアリーナでNHK杯が開催される。ブームのおかげか国民性か、日本ほどルールに熱心なファンが多い国もないだろう。記者だけでなく、専門家も、ときにファンからの熱過ぎる質問にたじろいでいる。この夏、弊社にもこんな質問が寄せられた。
「ジャンプの回転不足というけれど、一体、どこから測っているんですか? 国際スケート連盟(ISU)のルールブックではその辺りを定義していないのですが」
鋭い。その疑問を解明すべく、ISU理事でジャッジでもある平松純子さんらを訪ねた。
07~08年シーズンから判定厳しく
回転不足が広く一般に認知されるようになったのは、4シーズン前ぐらいからだろうか。新採点方式が適用されるようになった2004~05年シーズンからジャッジが回転不足を見るようになってはいたが、このころから急に判定が厳しくなった。
浅田真央(中京大)、安藤美姫(トヨタ自動車)らの跳ぶ3回転フリップ(またはルッツ)―3回転ループの連続ジャンプは06~07年シーズンは認定されていたのに、07~08年シーズンから2つ目の3回転ループが、かなりの率で回転不足をとられ、翌シーズンはさらに厳しくなった。
日本勢のライバルである金妍児(キム・ヨナ、韓国)の3回転フリップ(またはルッツ)―3回転トーループは回転不足をとられず、評価は上がる一方……。日本のファンがルールに回転不足があることを知ったのも、その辺りからだろう。
ジャンプとは「踏み切る足のブレード(スケートの刃)が氷から離れた瞬間から、着氷する足のブレードが氷に着くまで」をいう。ジャンプを見る際、ブレードが氷を離れた時点を覚えておき、どの角度でブレードが着氷したか、を基準に判断すればいい。
ただし、ジャンプにかかる時間はせいぜい1秒ちょっと。この認定を担当するためだけに技術審判を3人も配置し、この3人だけはスロー再生映像を見ることできる。
ジャンプを跳ぶ体勢に入る軌道などは人それぞれ
素人が肉眼で回転不足を判断できなくてもおかしくない。専門家でも、見にくい角度にいたりすると、判断がつきかねることもある。
演技だけでなく、ジャンプを跳ぶ体勢に入る軌道、踏み切る位置は、選手それぞれ違う。プログラムが違うのだから、みんなが同じ場所で同じジャンプを跳ぶわけではない。「ここからここまでで回転不足を測る」と規定するには無理がある。
たとえばフリップジャンプ。前向きで進んできて、ジャンプを跳ぶ直前に後ろ向きになって、右足のつま先をつき、左足の内側エッジで踏み切るジャンプ(右利きの場合)だ。
高橋、小塚はオーソドックスだが
高橋大輔(関大大学院)と小塚崇彦(トヨタ自動車)は比較的オーソドックスで、細かいステップや動きを入れながらもわりと真っすぐ進んで、跳ぶ直前にクルッと後ろ向きになる。
一方、織田信成(関大大学院)はクルクルと何度か回りながら、いつの間にか右足をついて左足で踏み切っていたりする。
高橋や小塚は比較的簡単に踏み切る瞬間と着氷の瞬間を目視できる。だが、織田はどこで跳び始めたのか分かりにくい。
2分の1回転以上の回転不足(down-grade、図の21の位置)は、明らかに前のめりで着氷するので分かりやすいが、わかりにくいのが、4分の1回転以上、2分の1回転未満の回転不足(under-rotation、図の22の位置)。どちらも背中から着氷はしている。
難しい「cheated jump」の判別
大抵の回転不足はこの範囲だ。バンクーバー五輪シーズンまでは、under-rotationも4回転ジャンプの場合、3回転分の基礎点しかもらえなかったが、昨シーズン以降、4回転ジャンプの基礎点の70%は残るようになった。
4回転ジャンプのように難しいジャンプや、ミスジャンプの場合はunder-rotationも比較的たやすく判別できるのだが、問題はフィギュア用語で「cheated jump(cheat は『だます、不正をはたらく』などの意)」と呼ばれるもの。
under-rotationの位置で着氷しているのだが、体が柔らかく、器用な選手の中にはうまくつま先でクイっと回り、フリーレッグ(着氷しない方の足)も流れ、いかにもきれいに決まったかのように見える。専門家でなければ、相当、そこだけを真剣に見ていないと正直、見過ごしてしまう。
04~05年シーズンに新採点方式が導入される前、「cheated jump」が横行した。世界選手権や五輪でも、今の基準では「under-rotation」となるジャンプをいくつか跳んでいても、メダルを獲得している。
平松さんによると、ISU内でも問題視されていたそうだ。そこで新採点方式では回転不足に減点が科され、そのルールが浸透するにつれて、判定も厳しくなってきたのだという。
コーチもしつこく指導するが、筋力の弱い女子は緊張や疲労で、3回転することも厳しかったりする。特にジュニアの試合ではunder-rotationはよくある。
昨年12月、ジュニアグランプリ(GP)ファイナル4位の庄司理紗(西武東伏見FSC)のフリーは一見、クリーンな演技だったが、7個の3回転ジャンプ中4個がunder-rotation。
踏み切る前の回転不足のチェックは甘く
今季GPシリーズ中国大会の村上佳菜子(中京大中京高)も靴の不備もあって練習不足だったからなのか、7個の3回転ジャンプ中4つがunder-rotationだった。そのうち、転んだのは1つだけで、後は着氷は決まっていた。under-rotationが多かったため、2人とも思ったより得点が出なかったのである。
しかし、指導者の間ではまだ、「回転不足判定が甘い」という人が少なくない。着氷時の回転不足には厳しい一方、「随分前から主張しているけれど、踏み切る前の回転不足がまだ、きちんとチェックされていない」(平松さん)。
フリップだけでなく、トーループ、ループ、サルコーの4つのジャンプは順回転して勢いをつけてから跳ぶ選手が少なくない。中にはまだ足が離れていないのに、既にジャンプしているかのように見せる"テクニック"を持った人がいる。
しかし、そこにはISUもなかなか本腰を入れない。踏みきり前の判定は、着氷時よりも難しいこともあるのだろう。
さて、ファンが回転不足に"通"になることは、個人的にはお薦めしません。純粋に観戦を楽しめませんから。
もし、好きな選手の得点が思ったよりも低かったら、「回転不足をしちゃったのかな?」と思うくらいにした方がいいのではと思いますが、いかかでしょうか。
(原真子)