遠隔医療、島の健康守れ 格差解消の取り組み進む
瀬戸内新時代 潜在力を生かす(4)
28日早朝。広島県呉市内の桟橋を一隻の船が静かに出航した。社会福祉法人、恩賜財団済生会が運営する診療船「済生丸」だ。診察室や待合室、レントゲン撮影設備などを備え、医師や看護師、診療放射線技師など近隣の済生会病院から集った7人の医療スタッフが乗船した。
向かった先は広島県の生野島。人口23人で、このうち65歳以上の高齢者が16人に上る(7月末時点)。周囲12.5キロのこの島には常駐する医師がいない。島に着くと島民の約半数にあたる10人が船に乗り込み、問診やレントゲンなどの健康診断を受ける。
診療船の健診は年2回。93歳の女性島民は「約50年間、船で健診を受けてきた。小さなけがはしばしばあるが、おかげで健康を保てている」と話す。
「瀬戸内海の島しょ部は昔から過疎・高齢化が進んでいたいわば先進地域。医療の質の確保は長年の課題だ」と話すのは済生会・支部岡山県済生会の岩本一寿常務理事。済生丸は岡山、広島、香川、愛媛4県の医師がいない島々の巡回診療を1962年から実施し、50年間延べ約54万2000人が受診してきた。
ただ、多額の事業費が重荷になっているのも事実だ。年間事業費1億1000万~1億3000万円のうち、ほぼ半分を4県の済生会支部が負担している。船舶の老朽化に伴う新船建造にも約6億円を要する見込み。今後も事業を継続するか議論した結果、「生命や健康を守る必要性や災害時の対応などを勘案して新船を建造することにした」(岩本氏)という。
中四国にある瀬戸内6県の人口10万人に対する医師の数はいずれも全国平均(219人)を上回り、比較的恵まれた医療資源がある。だが、岡山市や広島市など都市部に偏在しており、島しょ部は医師不足が深刻。済生丸のような活動で支えられているのが現状だ。
医療格差を埋めるべく、IT(情報技術)を活用した遠隔診断やチーム医療の人材育成などの取り組みが瀬戸内各地で始まっている。
香川県は独自に構築した遠隔医療システム「かがわ遠隔医療ネットワーク(K-MIX)」の基盤を生かし、患者宅で診療をサポートする看護師の育成に乗り出す。認定を受けた看護師がテレビ映像通信可能な専用パソコンを持って患者宅を訪問。映像で医師の指示を受けてインフルエンザ検診やエコー診断を実施する仕組みだ。
岡山大学病院の循環器内科では、遠隔地に住む不整脈などの患者を一括管理する遠隔モニタリングを始めた。中四国の約40の医療機関と連携し、現在、ペースメーカーや植え込み型除細動器を利用する患者約650人を対象に取り組んでいる。
広島では遠隔医療の基盤をつくるため、特定非営利活動法人(NPO法人)が立ち上がった。全国最大級の12人の常勤画像診断医を抱え、広島県内を中心に遠隔画像診断事業を展開するエムネス(広島市)の医師らが参加する。
エムネスの北村直幸社長は「医療の質を確保するためには地域密着型の展開が重要」と指摘する。
医療人材育成では瀬戸内海をまたいだ連携が進む。「この症例では手術が可能か」「退院後に家族がケアする態勢ができているか」――。岡山大、広島大、愛媛大など中国・四国の10の大学が、がん医療のプロフェッショナル人材を共同で養成するプログラムの1場面だ。医師や看護師、薬剤師、放射線技師など多職種の若手や大学院生が県境や職域を超えてチームを編成して演習をする。
済生丸、K-MIXなどの取り組みは過疎・高齢化が顕著な地域の医療を確保する手法として全国や海外で注目されている。「瀬戸内方式」の確立は一段と重要性を増している。
=この項おわり