見て聴いて知る北斎 作品展や舞台、コンサートも
浮世絵の巨匠、葛飾北斎(1760~1849年)に新たな光が当たっている。神戸で作品を集めた展示会が開かれているほか、北斎を主人公にした新作の舞台も上演。時代やジャンルを超えた影響力をたどりながら、北斎の多彩な楽しみ方を検証してみた。
4月26、27日、ピッコロシアター(兵庫県尼崎市)で開かれた文学座公演「夏の盛りの蝉(せみ)のように」。武士で人物画にもたけた渡辺崋山や、北斎の影響を受けた歌川国芳が登場し、丁々発止で画論を戦わせる。
「(富士山が)ちっちゃくて見えやしねえ」。北斎の代表作「冨嶽三十六景 神奈川沖浪裏」を眺めながら、中村彰男演ずる国芳が挑発する。実際は3者が一堂に会した史実はないが、興味深い顔合わせだ。
舞台の中心は北斎の家。両壁が奥へ行けば行くほど接近し狭くなっている。絵画で使われる線遠近法を意識した舞台装置だ。主演の加藤武は江戸なまりのきついセリフや荒々しい演技だが、舞台やセリフの断片から、北斎の知性や絵に対する真摯な姿勢が浮かぶ。
実際の北斎はどのような人物だったのか。神戸市立博物館(神戸市中央区)で開催中の「ボストン美術館 浮世絵名品展 北斎」(6月22日まで)。監修者の永田生慈・葛飾北斎美術館館長は「浮世絵師の中で北斎ほど自由な人物はいなかった」と指摘する。
浮世絵師は狩野派など由緒正しい系統の絵師より自由闊達で、西洋画の遠近法を柔軟に取り入れた。その中で、北斎は度々流派を変え、生涯に93回引っ越し、号を30回変えるなど奔放ぶりが目立つ。「新しさを求め、表現を革新し続けた」(永田氏)
北斎作品を数多く収蔵する米ボストン美術館で浮世絵版画室室長を務めるセーラ・トンプソン氏は画風について、「平面的な色の使い方と、幾何学的な構図が魅力」だとみる。たとえば「神奈川沖浪裏」は、左下の隅を中心にコンパスで円を描くと、波しぶきの波頭と富士山の頂点が同じ円の上に並ぶ。「西洋画の遠近法を独自の絵画表現に昇華している」とトンプソン氏。
こうした個性は、海を越えて多くの芸術家を魅了した。欧州の画壇は19世紀中ごろまで写実主義が主流だった。そこへ北斎らの浮世絵が革新的な画風として受け入れられ、「ジャポニズム」ブームが巻き起こる。特にゴッホやモネら印象派の画家は、浮世絵のモチーフを頻繁に用いた。
絵画の世界だけではない。印象主義を代表するフランスの作曲家、ドビュッシーの交響詩「海」は、楽譜の表紙に北斎の「神奈川沖浪裏」が描かれている。ドビュッシーが浮世絵にどれほど触発されたかはよく分かっていないが、音楽評論家の白石知雄氏は「メロディーと伴奏の均衡を崩した音楽性は、北斎の影響ではないか」と指摘する。
ドビュッシーは伴奏の上でメロディーが展開する西洋音楽の一般的な形式を崩した。「重層的な編成で、管弦楽全体から印象派の絵画のような情景が現れる」(白石氏)。兵庫県立芸術文化センター(西宮市)の専属オーケストラ、PAC管弦楽団は16~18日、同センターで開く定期演奏会で、この「海」を披露する。
トンプソン氏は「現代美術では北斎の作品のパロディーも多い。影響は計り知れない」と話す。様々な分野のアートに、北斎の存在を感じ取る楽しみがある。
(大阪・文化担当 安芸悟)