2012年経済書 エコノミスト7人「お薦めの1冊」
年末年始に読む本を探そうと書店に足を運ぶと、様々なジャンルの書籍が所狭しと並んでいて、目移りしてしまう方も多いだろう。そこで、2012年の1年間に刊行された経済書に対象を絞り、エコノミスト・経済学者7人に年末年始に読みたい「お薦め本」をあげてもらった。
本格的な経済書に挑む前の準備運動
三井住友アセットマネジメント理事・チーフエコノミストの宅森昭吉さんが推薦するのは『「エコノ・センス」の磨き方』。編著者がトップエコノミストと考える10人に、日ごろの仕事の仕方、経済を見る勘所、予測の仕方などをインタビューした。経済現象を分析するときの基本的な構えを学べる本であり、様々な経済図書に挑戦する前の準備運動にもなる。ちなみに宅森さん自身も10人のうちの1人として登場し、「国民の多くの人が関心を持っているような社会現象が景気の予告信号、補助信号になる」と語っている。
教育や世代間格差を具体的に考える好著
『効率と公平を問う』をあげたのは慶応義塾大学教授の清家篤さん。経済学には「効率性」と「公平性」という2つの座標軸がある。「限られた資源をいかに効率よく配分するか」と「社会で生まれた所得をいかに公平に分配するか」は、しばしば両立しなくなる。清家さんは「効率と公平というもっとも基本的なトレード・オフをどう考えるべきかをわかりやすく説明し、それによって教育や世代間格差の問題などを具体的に考える好著」とみている。
第5章「世代間のゼロサム・ゲーム」では、「経済学者の多くは、現在の公的年金の持続可能性に疑問を持っている」と指摘し、若年層が高齢層の年金給付財源を保険料で負担する「賦課方式」を巡る議論を紹介している。経済学の分析手法を使いながら、様々な問題にどのように切り込んでいくのか。議論のスタートラインに立つための本とも言えそうだ。
年金問題、厚労省の論理のワナ示す
そろそろ各論に入ろう。国際基督教大学客員教授の八代尚宏さんがあげたのは『年金問題は解決できる!』。「高齢化の進展で出口が見えない公的年金問題について『100年安心』の看板を下ろさない厚生労働省の論理のワナを明確に示している。政府の年金推計の手法を再現するとともに、その前提条件を現実に沿ったものに置き換えることで、年金積立金などの将来推計に大きな差が生じることを明らかにしている」と政府の失敗をデータをもとに検証している点に注目する。
著者が示す解決策は「積立方式」への移行。賦課方式のもとで生じている年金債務を「年金清算事業団」を設けて国が背負い、年金制度を直ちに積立方式に移行する。若者たちを含む現役層がこれから支払う保険料は、すべて各自の口座に積み立てられ、老後にきちんと戻ってくる制度になるという。
デフレの原因が金融政策にあることを喝破
神戸大学教授の地主敏樹さんのお薦めは『日本銀行 デフレの番人』。経済の教科書には「日銀は物価の番人」と書かれているはずだが、デフレに苦しみ続けている日本の現状を見る限りでは「デフレの番人」と表現した方が実態をよく表しているという著者の主張は明確だ。
「1日も早くデフレを脱却し、主要国並みの2~3%程度のインフレ率を中期的に維持しながら安定的な成長を達成するために、私たちがまずしなければならないことは、インフレ目標政策を導入することである。具体的には、日銀法を改正して政府が物価安定目標を決定し、日銀にその目標を中期的に(1年半から2年程度の期間)達成することを義務付ける、ということである」
地主さんは「日本のデフレの原因が、日本銀行の金融政策にあることを喝破した著書。白川方明総裁の重要な諸発言に対し、データに基づいて反証して緩和策の有効性を論じている点が重要。根拠があいまいな日銀批判とは異なり、抜群」と高く評価する。
年金制度の積立方式への移行や、インフレ目標政策の導入への賛否はともかく、年金制度や金融政策を巡る論点を理解する上で、欠かせない著書であろう。
高橋是清の考え方や行動原理を知る参考書
少し時間に余裕がある方に推薦したいのは『日露戦争、資金調達の戦い』。推薦者は同志社大学教授の鹿野嘉昭さんだ。日露戦争では政府に巨額の費用負担が発生した。戦費調達のため、高橋是清(当時は日銀副総裁)がロンドンで奮闘し、数回の外債発行に成功した。「高橋の活躍ぶりは従来、自叙伝を中心に理解されてきたが、本書では、これまで利用されてこなかった資料を活用し、欧米の有力バンカーとの交流を中心に外債発行を巡る真実を明らかにしようとしている」
デフレ対策への期待が高まっているためか、蔵相として積極財政を展開した高橋是清に関する著書の出版が相次いでいる。本書は日露戦争に時代を限定しているが、高橋の考え方や行動原理を知る参考書にもなる。
中国の経済発展を基礎から勉強
日本から視線をずらし、視界を広げたい方には『北京大学 中国経済講義』。東京大学教授の福田慎一さんは「中国の経済発展を基礎から勉強するには最適」と太鼓判を押す。「政治的には日中関係はこじれているものの、日中の経済関係は密接である。近年の中国の発展がどのようにしてもたらされたのか、客観的に考え直す機会を与えてくれる本」という。
著者は中国を代表する経済学者・政策ブレーンであり、北京大学での講義内容をまとめた本である。前近代から社会主義革命、1978年の改革・開放へと続く経済発展の歴史と、現在の中国が抱える課題を描写し、都市と農村の格差、汚職など深刻な問題への解決策を提示している。
ハイエクと様々な人々との交流を記述
『フリードリヒ・ハイエク』を推すのは日本大学教授の寺西重郎さん。自由主義を代表する経済思想家であるハイエクの思考形成の過程を追跡した伝記である。「ハイエクと様々な人々との交流を克明に記述した点で存在意義がある」
本書では「隷従への道」などハイエクの代表的な著作も時代順に追っている。個人の知識や行動の最適な組み合わせは、市場価格という「情報」を通じて達成され、政府には制御できない……。偉大なる反社会主義者とも呼ばれるハイエクの思想は今も色あせてはいない。
(編集委員 前田裕之)
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