水没危機に瀕する国、モルディブからの警鐘
シャキーラ環境エネ相 「ほぼ全島の海岸が浸食」
■国際社会は温暖化に責任を
――多くの島々と環礁からなるモルディブは、温暖化で水没の危機にあるといわれる。
「モルディブは国土の80%が海抜わずか1.5メートルに位置する。海やサンゴ礁が健全な状態であることは非常に重要だ。すべての外貨収入、あるいは国内総生産(GDP)もすべてサンゴ礁や沿岸海洋の生物多様性に由来している。生活や文化や伝統もサンゴ礁とともに進化してきた」
「モルディブの温暖化ガスの排出量は世界全体の0.01%とごくわずかだが、温暖化に苦しめられている。我々が国際社会に対して島しょ国に責任をもつべきだと主張するにはこうした理由がある。大国が自分たちがやっていることが島しょ国にどういう影響を及ぼしているかに気付いていない。今回の国際会議は我々の生存に非常に重大な部分に力点を置いており、非常に勇気づけられた思いだ」
――モルディブには1000以上の島があり、このうち約200の島には居住民がいる。温暖化の影響は具体的にどのように表れているか。
「ほぼすべての島々は海岸が浸食されており、そのうちいくつかの島はかなりひどい状態だ。50~60の島は緊急的な適応策が必要だが、対処する資金を持っていない。気候変動に関連する資金提供者の多くは海岸を保全することに消極的だが、もし保全をしなければ将来、温暖化の影響を緩和するのに必要なコストはより高くなる。このことを理解してほしい」
■海岸保全は死活問題
「我々にとっては海岸の保全は死活問題であり、(保全がなければ)国民を他の島に移住させる必要が出てくる。気候変動は人権問題だ。国民は生まれた地で生活する権利があり、もしそれができないのなら権利を侵していることになる」
「水の問題も非常に重大だ。地下水は古いタンクに貯蔵されているが、近年頻繁に発生する洪水がタンクを破損し、水の塩分濃度が増えるなどかなり汚染された。雨水ですら(インドなどからの)越境大気汚染の影響で、依存することが難しい。生きるためには安全な水がいる。首都を含めて淡水化設備がある5地域から水を緊急的に移送しているが、関連費用としてGDPの27%を費やしている。これは明らかに持続できない」
――モルディブでは温暖化の影響を軽減するための再生可能エネルギーを導入するプログラムを実施している。
「エネルギーは化石燃料にほぼ全面的に依存しており、関連費用にGDPの36%を費やしている。これは我々が余裕を持って払える額ではない。インフラや社会経済の発展にお金をかけることができず、妥協を余儀なくされている」
「こうした背景から、アジア開発銀行(ADB)、世界銀行(IBRD)、米州開発銀行(IDB)などから再生可能エネルギーを導入するプログラムに必要な資金を得た。プログラムは都市部の島と離島、計40の島で再生エネルギーを導入する計画だが、このうち10の島では100%をまかなう。IBRDとIDBはより多くの資金が基金や投資家などから得られるようこのプログラムを拡大しようとしている」
■日本とは密接な関係
――モルディブにおける日本の貢献は。
「日本政府は我々のエネルギー問題に常に寄り添ってくれている。我々がすべての島の電力を整備し始めたときに、日本政府はいくつかの島で高性能のインフラを導入する支援をしてくれた。また国際協力機構(JICA)を通じ、首都に再生可能エネルギーを導入してくれた」
――環境技術を提供する見返りに温暖化ガスの排出枠を取得する「2国間クレジット制度」の導入で日本と合意した。
「日本政府は長年モルディブを支援しており、我々は日本政府を信頼している。この制度によって利点がでてくるはずだ。国際舞台でこの市場メカニズムが発展すれば、機能し始めるだろう。我々はそれが機能するかどうかは心配しておらず、大事なのは日本とモルディブが将来の発展とお互いの利益に向けて動き出すことだ。日本政府がこの合意から恩恵が受けられるよう、一刻も早く実行に移したい」
「2国間クレジット制度を導入した後は、主要空港の冷却設備は海洋深層水を活用したものになる。これにより化石燃料の使用や温暖化ガスの排出量が減る。ある人はこれを実験的というが、私はそうは思わない」
■国際会議でも訴え
――11月にはポーランドのワルシャワで第19回国連気候変動枠組み条約締約国会議(COP19)が開催される。何を訴えるのか。
「まず第一に、コミットメント(必達目標)を科学者が推奨する水準にまで引き上げたいと思う。なぜならばそれが我々にとって悲惨な結果につながらない唯一の方法だからだ。二酸化炭素(CO2)濃度は1日平均400PPM(PPMは100万分の1)を超えた。これは我々や島しょ国にとっては脅威だ。他の地域でも洪水や異常気象に直面すれば同じように脅威になるはずだ」
「第二に我々はこれまで以上に先進国に対し明快に求めていく。多くの国によって与えられるはずの資金はまだ届いていない。先進国によるコミットメントは十分ではない。我々は先進国に合意に基づいた義務を果たすよう粘り強く求める」
――米オバマ大統領は6月下旬に、中国やインドと連携し、気候変動対策に乗り出す方針を示した。
「かつては持続可能な発展に対し否定的で、成長を犠牲にすると考えていた米国、中国、インドのような大国が、成長への妥協ではないと気付いたことにうれしく、心強く感じる。我々はこれらの国々に島しょ国に対し責任を果たすべきだ、排出量を減らすべきだと訴えてきたからだ」
「さらに状況を改善するために、これらの国々に対しては再生可能エネルギーを増やすべきだと訴えていこうと考えている。再生エネルギーは大きな収益源や新たな雇用を生み出す。我々の究極の目標はグリーン経済で、これにより持続的成長が可能になる。気候変動やそれの影響による適応策をもっと前向きにとらえることが重要だ」
◇ ◇
■世界は「科学の声」に耳を
――今年に入り、米ハワイの観測所で大気中の二酸化炭素(CO2)の濃度が1日平均400PPM(PPMは100万分の1)を超えた。
「世界は気候変動に対する科学的評価を熟考し、それに沿って行動する必要がある。400PPMはひとつの境界にすぎない。IPCCは第4次報告書で気候変動の影響を予測し、気温上昇とそれがもたらす影響を明確に示してきた。世界が『科学の声』に耳を傾けてくれることを希望している。我々はIPCCの報告書のメッセージを広めることに注力するつもりだ」
――第5次報告書は、9月に公表する第1作業部会報告書(自然科学的根拠)をはじめ、第2作業部会報告書(影響・適応・脆弱性)、第3作業部会報告書(気候変動の緩和策)から構成される。それぞれのメッセージはどうなるのか。特に地球温暖化について第4次報告書よりも踏み込んだ表現になるのか。
「2007年に第4次報告書を発表し、今回の報告書は今年に発表する。この6年間で数多くの論文や研究成果が出ており、そのすべてを踏まえた内容になるだろう。その中でも特にエーロゾル(浮遊粉じん)が雲量に与える影響や(気候を制御する)地球工学に焦点を当てている。前回よりも詳しく、包括的な内容になるだろう」
――IPCCの報告書の間隔を、今より短縮すべきだという意見もある。第5次報告書以降、IPCCでの検討方法を変える考えはあるのか。
「まず報告書は、以前の報告書を超えるような内容を含んでいなければ意味がない。報告書はひとりの人間が書き上げるものではなく、すべての文献に目を通し、専門家や各政府から草稿の承認を受けるというかなり厳密な手続きを踏まなくてはならず、時間がかかる。報告書には新たな知見も必要だが、それを網羅するには5~6年かかる。さらに各政府がIPCCに関するすべての決断を行っており、第5次報告書は13~14年に発表すると話し合って決めた。今後将来的にどうなるかというのは、各政府間の話し合いにかかっている」
■最悪の結果、想定が必要
――IPCCの地球温暖化に関する評価報告書は、世界に大きなインパクトを与え続け、07年にノーベル平和賞も受賞した。しかし、温暖化の流れは抑えることができていない。
「IPCCができるのは、様々な選択肢を科学的に評価することだ。どんな対策をとるべきかなどは規定することはできないし、すべきではない。しかし、今まで我々が示してきた報告内容や調査書を踏まえれば、世界各国が実際にとるべき対処法は十分にあるだろう。実際に決断を下すのは各国の政府だ」
――国連気候変動枠組み条約締約国会議(COP)では現在、20年以降の新たな法的枠組みと、20年までの温暖化ガスの排出削減に関する「野心の向上」が主なテーマとなっている。11月にポーランドのワルシャワで開くCOP19ではどのような議論に期待するか。
「9月末に発表される第5次報告書の第1作業部会報告書を踏まえた議論をしてもらいたい。というのも、この報告書は、気候変動対策として何を努力すべきかについて、大きな示唆を含んでいるからだ。各国の代表には、十分な時間をかけ、この報告書の結果を議論してほしい」
「(2020年以前・以降の対策について)気候変動を科学的に評価する研究者にとって、将来何が起こるかを予測するというのはとても難しい。しかし、第4次報告書で我々がはっきりと示したのは、最低限のコストで気温上昇を2~2.4度にとどめるには、CO2の排出量を15年までに抑制しなくてはならないということだ。世界各国は、温暖化ガスを減らすための緩和策を最小限で済むような努力をすると同時に、気候変動がもたらすかもしれない最悪の結果について考えてみてほしい」
(聞き手は浅沼直樹)