フィギュア、浅田に勝機 長野女王が占う戴冠の行方
高難度ジャンプをいとも簡単に跳び、1998年長野五輪のフィギュアスケート女子を史上最年少で制したタラ・リピンスキーさん(31)。当時、表現力豊かなミシェル・クワンとの10代の米国勢対決は話題になった。リピンスキーさんが子どもたちに与えた影響は大きく、彼女に憧れた選手の中にはソチ五輪に出場する浅田真央(中京大)、アシュリー・ワグナー(米国)らがいる。
■五輪はメンタル90%・フィジカル10%
リピンスキーさんは今回、米NBCテレビの解説者兼アナリストとして、昨年現役を引退した男子のジョニー・ウィアさんと登場する。長野五輪後にプロに転向、当時はプロのフィギュア界が最も華やかだった時代で、アイスショーや数々のプロの大会でも優勝。ここ数年は解説の仕事を中心に活動してきた。
「五輪というのは予測が難しい。どんな一流選手でもわずかに体が震えてしまう。それをねじ伏せられるのは『私はやれる』という自信だけ。上位10選手のプログラムのレベルに大差はない。勝敗を分けるのは力を出し切れるか。五輪に関していえばメンタル90%、フィジカル10%だと思う」
フィラデルフィアに生まれ、6歳でスケートを始めたリピンスキーさんの場合、1日5回プログラムを通して演じ、自信をつけたという。「安定性が大切」と何度も繰り返し、大舞台の経験を重視する。その点を踏まえて、2010年バンクーバー五輪でもしのぎを削った浅田と、金妍児(キム・ヨナ、韓国)を金メダル候補の中心に挙げた。
「ヨナは1年間休養して、昨年3月の世界選手権を制したのには驚いた。ジャンプも戻っていたし、ミスがない。スケートの才能に加え、ずばぬけた度胸もある。でも、バンクーバーのような完璧な演技がまたできるとは思えない」
この4年間で金妍児のジャンプ構成は世界トップ級とは言えなくなった。今季は小さな国際大会と韓国選手権の2大会しか出場しておらず、判断が難しい。それでも、スケート界では「ヨナ連覇」とみる声は多い。
■浅田は挑戦恐れず、練習熱心
「彼女は金メダルをとれるだけの基礎点はあるし、メンタルはめっぽう強いから。一方で彼女より基礎点が高い選手がいて、面白い戦いになる」
日本のファンの間では「審判はヨナに高い得点を出す」という不満の声は少なくない。リピンスキーさんは苦笑しつつ、「真央派」を宣言した。
「審判はいつもヨナに注目して、真央はレーダー圏外のような面があったけれど、今季は違うと思う。スロースターターの真央が素晴らしいシーズンを送っているし、トリプルアクセル(3回転半ジャンプ)は魅力的」
「彼女は挑戦を恐れず、練習熱心。彼女はリンクの外でも氷上と同じようにすてきな女性でしょう。そうでない人も多いから」
3回転ループ―3回転ループ。現在でも高難度の連続ジャンプをこなしたリピンスキーさんにしても、トリプルアクセルは非常に難しいという。それをフリーで2度跳ぶのはリスクも高い。
■ロシア勢、米国勢の復活も
「信じられない。だから、真央はすごい選手なの。それを怖がっていたら、真央でなくなってしまう。バンクーバーもそうだったけれど、真央は『跳ぶ』という強い意志がある。クリーンに滑れば、金メダルを取る可能性は十分あると思う」
06年トリノ五輪からバンクーバー五輪までの4年間は浅田、金妍児、安藤美姫による「アジアの時代」だった。今回のソチ五輪までの4年は、自国開催に向けて強化してきたロシアの選手や12年世界女王のカロリナ・コストナー(イタリア)ら欧州勢も強い。リピンスキーさんの母国、米国も復活の兆しがある。
「アデリナ・ソトニコワ(17)とユリア・リプニツカヤ(15)。ロシアがソチのために育てたと分かる。私はユリアが好きよ。今季、グランプリ(GP)シリーズで結果は良くても内容に不満だったと、インタビューでふてくされた。簡単に満足しない女王のメンタリティーを持っている」
■リプニツカヤに女王のメンタリティー
ロシア代表の2人のジャンプ構成は世界トップレベルだ。
「ソトニコワは12歳から注目されたソチ期待の星で、3回転ルッツ―3回転ループの連続ジャンプがあり、何でもできるといっていい。ただ、ショートプログラム(SP)とフリーで、すべての要素をこなせるか。一大会の中でアップダウンがあるから、五輪はきついかもしれない」
イタリアのコストナーはトリノ五輪から3大会連続出場となる。その滑りの美しさは群を抜く。
「しかも誰よりも速い。でも彼女は高難度の3回転ジャンプ、ルッツとフリップを1つずつしか跳ばない。2年前なら演技構成点を稼げば女王になれたけれど、状況は変わってしまった。ノーミスが絶対条件だから、厳しいと思う」
■ゴールド、最も才能のある選手の1人
米国は18歳のグレーシー・ゴールドが全米初優勝。2位に15歳で母親がロシア人のポリーナ・エドムンズ、3位は長洲未来だった。しかし、前回代表の長洲でなく、4位のワグナーが選ばれた。2年連続の全米優勝、世界選手権トップ5、今季GPファイナル3位の実績が評価された。
「グレーシーは私が長くスケートを見てきた中で最も才能のある選手の1人。ジャンプに欠点がない。ただ、自分に自信を持ちきれず、試合では練習のときと別人になってしまうことがある。全米では克服していたけれど」
エドムンズは全米がシニアデビュー戦で、ジュニア時代も目立った成績がなく、評価しづらい。ワグナーはバンクーバー五輪代表選考会で3位だったが、米国は2枠しかなく出場できなかった。リピンスキーさんはワグナーのメンターのような役割をしたことがある。
「アシュリーは強くなったけれど、問題はいつも彼女自身と氷の間にある。心ね。全米の経験を生かしてほしい」
■男子はチャンと羽生の戦いか
男子は「ジョニーの仕事」と明言を避けつつ、優勝候補としてパトリック・チャン(カナダ)を真っ先に、しばらく間を置いてから羽生結弦(ANA)を挙げた。
「才能うんぬんより、やっぱり安定感。パトリックは五輪の経験もある。中には五輪未経験でも、場数を踏み、大舞台に備えている選手もいる。結弦が好例。彼がクリーンに滑れば、審判はそれに報いる点を出すと思う」
「パトリックはエッジの深さにスピードもある本格派スケーターだけれど、結弦にはエネルギーがある」
高橋大輔(関大大学院)は、安定感という面で響いてこないという。ハビエル・ヘルナンデス(スペイン)、デニス・テン(カザフスタン)も五輪経験者でかつ世界選手権メダリストだが、同じく安定していないと感じている。
代表選考でもめるのは常。米女子のほか、1枠しかないロシア男子代表もそうだった。ロシア選手権2位で、欧州選手権には欠場したエフゲニー・プルシェンコが4大会連続(過去3大会は銀、金、銀メダル)で選ばれたが、これには賛同している。
「これといった選手がいないなら、プルシェンコがいい。彼の伝説はロシア人だけでなく、世界のフィギュアファンも楽しみにしている」
長野五輪から16年、リピンスキーさんは五輪の舞台が懐かしくなることはなかったという。90年代後半から2000年代半ばにかけてはプロの全盛期、アマチュア時代より人前で滑る機会が多かったからだ。
「私はラッキー。プロの世界が下火になったころ、体力的にも厳しくなり始め、解説者の仕事を得られた。いま選手だったら、ヨナのように現役復帰したかもしれない。新採点システムは長野五輪時代の6点満点より私向きだと思うことはあるの」
(原真子)