氷上の美学(杉田秀男) 激戦のフィギュア日本勢、火蓋切る五輪代表争い
フィギュアスケートのグランプリ(GP)シリーズは18日、スケートアメリカ(デトロイト)で開幕する。ソチ五輪の代表選考がかかるうえ、五輪本番へ向けて実績を積み上げていく大切な試合だ。激戦必至の今季GPで日本選手がどんな活躍を見せてくれるか展望したい。
■うまさとバランス、力は一番の高橋
日本男子は6選手のうち5人が「世界トップ10」に入った経験を持ち、史上空前の熾烈(しれつ)な代表争いとなっている。その中でも、スケートのうまさや全体のバランスなど、一番力を持っているのが高橋大輔(関大大学院)だろう。
10月5日のジャパンオープンでは結果は伴わなかったが、初披露のフリープログラムは「彼でなければ滑れない」という内容だった。以前はどちらかというと、曲想みたいなものを感じさせ、細かくて速い動きのプログラムを滑っていた。だが「ビートルズメドレー」を使った今回は彼のフットワークのよさを生かし、ゆったりとした流れのあるプログラムになっている。新しい挑戦といえるだろう。
今回振り付けを担当したのはローリー・ニコル。彼女は選手が持っている持ち味やイメージを非常にうまく引き出し、個人的には世界トップのコリオグラファー(振付師)と評価している。今季はまたひと味違う高橋が見られるのではないか。
▼男子 |
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高橋大輔(27、関大大学院) |
羽生結弦(18、ANA) |
小塚崇彦(24、トヨタ自動車) |
無良崇人(22、岡山国際スケートリンク) |
町田樹(23、関大) |
織田信成(26、関大大学院) |
▼女子 |
浅田真央(23、中京大) |
鈴木明子(28、邦和スポーツランド) |
村上佳菜子(18、中京大) |
宮原知子(15、大阪・関大高) |
今井遥(20、ムサシノFSC) |
問題は4回転ジャンプがなかなか決まらないことだ。ただ、ジャンプは滑り込んでいけば絶対によくなると思うし、彼くらいになったら自分自身をどうコントロールするかわかっているはず。リズムとタイミングがきちんと取れるようになれば大丈夫だと思う。
■志高い羽生、すごく楽しみな存在
羽生結弦(ANA)は伸び盛りの段階から、さらに上のステージに進んでいると言っていいだろう。思い切りがいいし、2種類の4回転をクリーンに跳ぶジャンプはスピード感にあふれている。
どちらかといえばスケーティングが課題だったが、カナダのブライアン・オーサーに師事して基礎から磨き、それが少しずつ身についてきている。力をつけて、体力もつけ、実績も上げてきている。彼と話をすると、目標や自分のゴールを絶えず一つ上に置いていている感じがあり、志が高い。今季すごく楽しみな存在だ。
小塚崇彦(トヨタ自動車)は昨季は足の故障などに泣いたが、スケートを滑るシャープさは世界的にも高く評価されてきた。どうブランクを克服するかがカギだったが、ジャパンオープンでは持ち味は出ていたし、4回転ジャンプも回転の心配はいらないような感じだった。あとは試合勘だけだろう。
表現面も成長を感じさせる。昨季くらいから全身をつかって表現するような動きが出てきたし、技と技のつなぎの動きに変化が見られる。優等生タイプで、もうちょっとアクが欲しいなと思っていただけに、一皮むけた印象がある。
■織田に安定感、メンタル面も充実
織田信成(関大大学院)も左膝のケガからカムバックしてきた。膝と足首が柔軟で、もともとジャンプの失敗が少ないうえに、安定感が出てきた。技術的なこともそうだけど、結婚して子供もできてメンタル面でも充実しているように見える。表現面でも彼らしい持ち味を存分に出している。
日程 | 大会 | 出場日本選手 |
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10月18~20日 | スケートアメリカ | 高橋、小塚、町田、浅田、リード組 |
25~27日 | スケートカナダ | 羽生、織田、無良、鈴木 |
11月1~3日 | 中国杯 | 小塚、村上 |
8~10日 | NHK杯(東京) | 高橋、織田、無良、浅田、鈴木、宮原、高橋・木原組、リード組 |
15~17日 | フランス杯 | 羽生 |
22~24日 | ロシア杯 | 町田、村上、宮原、今井、高橋・木原組 |
12月5~8日 | GPファイナル(福岡) | GP6戦合計得点の上位6選手・組 |
高橋、羽生、小塚、織田は技術面で大差はなく、横一線の状態と言ってもいいだろう。その4人を追うのが無良崇人(岡山国際スケートリンク)だ。昨季はGPシリーズで初優勝し、世界選手権にも出場して経験を積んだ。パワーのある選手で、特にジャンプは高さがあって素晴らしいものがある。滑りに伸びがなかったけれど、この1年くらいでだいぶ改善された。同じようなミスをするのが気がかりだが、体の使い方に柔らかさが出てくればさらによくなるだろう。
■力ついてきた町田、表現力が武器に
無良と同じく昨季GPシリーズ初優勝を飾った町田樹(関大)は、「世界のトップ10」に入ったことがなく、5選手からはやや引き離されているように映る。滑りはどちらかというとパワーで動く感じで、もう少しシャープさが欲しいところ。それでも表現力はあるし、着実に力がついてきている。ソチ五輪はプログラム勝負でもあり、表現力は大きな武器になるはずだ。
日本女子は、やはり世界女王に2度輝いた実績、そして引き出しの多さから考えても、浅田真央(中京大)の評価が一番高い。直近のジャパンオープンでは表現力などをみる演技構成点で高い評価を受けたように、スケーティングや全体の表現力は、ほかの選手にはない彼女の持ち味が出ていた。
■安定した滑りの浅田、技術面も進歩
滑りが安定してきているのが何より大きい。スケーティング技術はもともと非凡なものを持っている選手だが、滑りの基礎を見直した効果が完全に出てきている。プログラムは彼女の持っている独特なソフトなムードが醸し出されていたし、動きも滑らかだった。しかし、彼女の持っている能力からしたら7~8割の出来。もっと滑り込んでいったらシーズン終盤には一番いい状態になるのではないか。
技術面の進歩がはっきりと見てとれる。ジャンプは、跳ぶ前の構えや準備動作が非常に少なくなっている。以前はジャンプの種類によっては跳ぶ前に「はい、跳びますよ」というような動きが時々見られたが、それもなくなってきている。トリプルアクセル(3回転半ジャンプ)も、今まではすぐに回転不足をとられていたが、今回は回転していると認定された。今後、心理面でもプラスに働いていくことだろう。
■ルッツジャンプは成功までもう一息
課題のルッツジャンプは今回もアウトサイドではなく、インサイドエッジで跳んだとして減点となったが、以前に比べたらはるかによくなっている。成功までもう一息といったところで、アウトサイドかどうかは紙一重に近かった。
スピードがもう少し欲しいなと思うけれど、一番よかったのはスピンの軸が最後までぶれなかったこと。たいていスピードが落ちてくると、軸がぶれて姿勢をキープできなくなる。それが最後までポジションをキープできた。そういう正確さ、技術的なコントロールがすごくよくなっている。
鈴木明子(邦和スポーツランド)は「彼女ならでは」という表現力が備わってきている。そこが評価につながっている。特にプログラムの後半は彼女が持っている表現力、ステップで盛り上げていく。持ち味をいかに出していくかに集中していけばいいだろう。
あとはリズム。失敗が続いているときはジャンプ前に構える時間が長い。そこが課題になってくる。ただ、そこはいろいろな苦しい時期を乗り越えてきたベテラン。実績もあり、戦い方もわかっているだろうし、多くの心配はいらないだろう。
■村上、「元気印」の特長生かすべし
村上佳菜子(中京大)はスピード感があり、思い切りのいい動きが魅力的だ。ジャンプは切れがよく、昨季は世界選手権で4位に入るなど力が付いてきた。年齢的に「少女」から「女性」へと成長していく時期で、「大人の世界」を意識しているようだが、そこはあまり気にしなくていいように思う。彼女のイメージは「元気印」。ほかの日本選手にはない特長をできる限り生かす方がいいだろう。
昨年の全日本選手権で3位と健闘し、今季からシニアデビューするのが宮原知子(大阪・関大高)。一つ一つをきっちりとこなし、非常にまとまりのある選手だ。スピンのコンビネーションは素晴らしいものがある。身長144センチと小柄だが、体全体をつかって、動作のスピードアップをしていけば、体が小さくても大きく見えるようになってくる。試合では実績のある選手との争いになるから、持っているものを思い切り出してぶつかっていくという気持ちで臨めばいい。
今井遥(ムサシノFSC)は安定感に欠けるが、滑りはきれいで、感性もいいものを持っている。精神面の強化がカギになってくるだろう。
■五輪シーズンの重圧、乗り越える必要
GPシリーズは7大会で構成され、6大会を終えて各種目の得点上位6選手・組が12月5日から福岡で始まるGPファイナルに進出する。ソチ五輪の男女シングルの日本代表枠はそれぞれ3。GPファイナルでの日本選手の表彰台最上位やGPシリーズでの得点は、代表選考のポイントになる。
GPシリーズの序盤はコンディションが万全でないうえに、五輪などの「ゴール」はまだ先にある。五輪シーズンでプレッシャーも相当あるだろう。選手たちが難しい戦いをいかに乗り越えていくか注目だ。
(日本スケート連盟名誉レフェリー)