ラグビー対談・権藤氏×森氏 仲間に感動、トライ生む
司会 森さんは昨年のワールドカップ(W杯)の南アフリカ戦は現地のスタンドでご覧になった。
森前から3列目くらいのところにいた。試合会場で両チームがウオーミングアップするんだけど、日本のあとに南アが出てきたら、うわー、これはでかい、と。196センチのトンプソン・ルーク選手(近鉄)が小さくみえるんですから。50点開くと思った。でも残り10分、15分で五郎丸歩選手(ヤマハ発動機)がトライしたとき、会場の雰囲気が変わって、日本を応援するぞ、となりました。終了間際、相手の反則から逆転したが、あのときは私も一緒にいた仲間も立ち上がって「(キックで同点ゴールを)狙え」と叫んだんです。相手は南アだぞ、といいながら。結果的にスクラムを選んで、回してトライになったときにはうれし泣きしたんですけどね。
■歴史変えるの誰? オレたちだろう
司会 エディー・ジョーンズ・ヘッドコーチもキックを指示したそうですが、あそこはやはり同点狙いですか。
森 僕ならキックです。ラグビー経験者で、南アがどれだけ強いか知ってる人はみんなそう思うはずです。
権藤 私はね、正面だったらキックだけど、ちょっとずれてたじゃないですか。それで外すくらいだったら、(スクラムからトライを狙いに)行ってしまえ、と思ったね。
森あの時、リーチ・マイケル主将(東芝)がみんなに「スクラムはどうだ?」って聞いたんだそうです。相手が1人反則で出ていたこともあるでしょう。そこでトンプソン選手が「歴史変えるの、誰よ」って言ったらしいんだよ。おしゃれだよね、外国人の言うことは。そうしたら誰からともなく「オレたちだろう」となってスクラムを選んだ。涙が出てくるような話ですよ。
司会 エディーさんも「選手が逆らってくれてよかった」と正直に話していましたね。
権藤 ただ、そこにもエディーさんの教育があると思う。我々が世界のなかへ入っていって、日本のラグビーを変えるんだという意識改革があったからこそでしょう。
森 あのときフィールドにいた15人の半分くらいの選手は狙った方がいいと思ったんじゃないかな。だけど、そこがリーチ主将の人徳で「スクラム」と決めたときに一つになれた。それが日本代表の強さだった。しかし、選手に聞くと、みんな本当に練習がきつかったと言うね。簡単にハードワークっていうけれど、本当にひどかったですよって。
権藤 そりゃ、今だから「ひどかった」で済むけど、へたしたら職場放棄だったろうね。1日4回練習でしょ。練習して休んで練習して休んで、朝から夜の7時、8時くらいまで。エディーさんと対談したときに、私は日本の選手は寝て(倒れて)プレーする、寝て起きて、寝て起きての繰り返しだから、疲れて80分持たないんじゃないかと。それでエディーさんの練習を見たら、倒れたところから腕立て伏せして立ち上がる、また倒れて腕立て伏せして立ち上がるってことをやってるわけ。あの練習をしていたから、南ア戦でも最後までもった。モールを繰り返したら、南アの戻りが遅れていったもんね。今まで日本があれをやられていたのに。
森 エディーさんにはついていけない、という選手もいたみたいだけど、一番よかったのはこれだけ練習しないと世界で勝てないってことがわかったことです。
権藤 選手もあれだけ絞られたら、反発するでしょう。でもそれでいいんです。日本に帰ってきてからも「チームのために頑張りました」とか「エディーさんを男にしたくて」とかじゃなくて「くそったれ、エディー、みたか、と。やったのはオレたちだぞ」っていう感じで。だから勝てたんです。
■代表も指導者のスタイルも様変わり
森 エディーさんのもう一つ偉いところは広瀬俊朗選手(東芝)を連れていったことです。一回も試合には出なかったけれど、ほかの部分でサポートしたんです。トップリーグの全チームが応援ビデオを作って、それを日本代表に試合前に見せて、みんな頑張れよ、日本頼むよって盛り上げた。広瀬選手の発案らしい。それからロッカールームをみんなで掃除しようとか。それは広瀬選手か、あるいは大野均選手(東芝)あたりのアイデアかもしれないけど、そういう選手の存在は大きいですよ。
司会 日本がホスト国となる2019年のW杯はどうでしょう。
森 ティア1と呼ばれる一番強い国や地域が、ティア2のチームを警戒し始めましたからね。ジョージア(グルジア)やウルグアイ、日本も含めてうかうかしてたらやられる、という認識になってきましたから。イングランド大会では南ア戦の4日後にスコットランド戦が組まれた。ティア1にいたらああいうスケジュールにはならなかったと思うんだけど、ティア2だから文句言えなかった。今までは「おまえらも出させてやる」という感じだったから。でもこれからは言えるんじゃないですかね。
司会 森さんの時代とは代表も様変わりですか。
森 昔は作戦とか分析とか、全くなかった。相手チームのことも、監督のイメージなんです。相手のウェールズはこうやってくる、とか言っても黒板を使うわけでもないし、とにかく頭からいけ、みたいな。それをちょっと変えたのが大西鉄之祐さんじゃないですかね。
司会早慶明を中心とする大学ラグビーに日本のラグビーの重心があり、選手招集も企業チームに遠慮する部分がありました。この辺もエディーさんが風穴を開けた。
森 僕も明治だし、早稲田にしても大先輩がいらっしゃる。70歳、80歳の方々から、おまえら日本のラグビーをどうするつもりなんだって言われたら「それは申し訳ありません」となってしまうんです。エディーさんはそんなの関係ないですからね。しがらみがなかったわけです。
エディーさんには指導者のスタイルという点でも勉強させられました。僕は一番ダメな監督ってのは(資料を挟んだ)バインダーやタブレットを持ってうろうろしてるやつだと思ってたんですよ。それと反対に、何も持たないで、じーっと見てて、だれかがタックルはずしたら、くそーって立ち上がるとか、そういうのを見極めるのがいい監督だと思ってたんですけど、この間NHKの番組を見ていたら、南ア戦で五郎丸選手が22メーターラインに入ってもタッチキックを蹴らなかったということを取り上げていた。蹴り出さずに、向こうに取らせてカウンターアタックをさせ、それを止める。これを何度も繰り返したんです。僕は五郎丸選手のキックのコントロールが悪いのかなと思ってたら、南アの得点の50%以上がラインアウトから生まれているというデータがあった。そういう分析があったから、蹴り出さなかった。こりゃやっぱりタブレットも必要だと思ったね、ワハハ。
■やっぱり勝とう思わなきゃ勝てない
権藤 黙って見てるってことは格好いいかもしれないけど、このレベルまできたらタブレット、データというようになってくるのかもしれないね。力が離れていたら、根性で行け、というしかないけど、力が接近してきたら最後はデータとなる。だけど、私はデータなんてくそ食らえだからね。野球のピッチャーでも、どんな球を投げて、どれを打たれたかなんて、データなんかなくても覚えていなくちゃ、商売にならんですよ。私は1年間の投球、全部覚えてましたから。
司会森さんは指導者として福岡県下有数の進学校でもある母校の福岡高校を花園にも導いておられます。東福岡高校など、強豪にどうやって食い下がっているのでしょう。
森 一番初めが大事で、入部してきた子にはまずラグビーを好きになってもらうことを考えます。これをしちゃだめ、あれをしちゃだめっていうんでなくて「ラグビーってのはボールをもったら向こうに運ぶんだ。それでトライしたら点になる。それがいいプレーなんだよ」と教える。前に投げちゃいけないとか、最低限のルールは教えなきゃいけないけど、いかにラグビーは面白いかをわかってもらわないと。だから、ラグビー経験者以外は1カ月、2カ月は遊ばせておくんです。
試合の時は東福岡が相手でも勝つと思ってやっています。いや、結果的には50点開くんですけど、試合前は「おまえらが力を全部だせば、120%出せば勝つ」って言ってます。エディージャパンも勝つんだと思わせたのがすごいよ。結果はあとからついてくる、というけど、やっぱり勝とうと思わなきゃ勝てないんです。いいゲームをやろうとか、そんなんじゃ勝てない気がします。「負けず嫌い」ってあるじゃないですか。あれって本当に持って生まれたもんですね。負けてもいいやって思う人もいるんです。僕も負けず嫌いで、権藤さんも負けず嫌いだから「やってやろう」となったわけでしょう。
権藤 負けん気以外にないです。あいつには負けたくない、とか。私は高校までは全然へたくそで、プロも夢のまた夢だったけど、いつかは何とかしてやろう、という気持ちはあったね。そしたら、西鉄ライオンズから話があって、おお、オレもたいしたもんじゃないかと思ってテストを受けに行ったら、九州中から集まってきた高校の一流のやつがオレの球にかすりもしないわけですよ。西鉄に声をかけられただけで、ぐーっと伸びた。プロに入っても、一緒に社会人でやっていた投手があそこまでやるなら、オレだって半分くらいは最低でも勝てるぞ、とかね。入ったらみんなよりオレの方がすごかったわけだけど。
森最終的には闘争心ですね。タックルできなかったら、どんなにうまいやつでもラグビーをやめろといいますよ。タックルってのは勇気が要るんです。でも後ろに味方がいて、自分が行かないと味方が痛い目にあう。だからタックルに行く。それが信頼されるプレーヤーなんですね。そして、バーンとだれかが飛び込んで行ったときに、他の14人がすごいプレーだと思わなきゃいけない。うわー、いいプレーだと感動してついていく。あいつすごいな、よし、オレもと。ラグビーはそこが必要なんですよ、ほかのスポーツと違って。他人のプレーに感動する気持ちを持ってるやつじゃないとだめです。それにしても今の選手はすごいなあ。あんなでかい南アやサモアの選手に、みんなタックルに行きますからね。びっくりするよ。
■球をもらい、ぱっと周りが見えるか
権藤 森さんが現役を辞めたときのコメントが「昔はタックルしたらすぐ起き上がってばーっと行けたけど、最近はばたっと倒れたら起き上がれん。これはいけんと思って辞めた」だったですもんね。森さんは優しいんですよ。いつも仲間のことを思っている。オレがトライをとるっていう感じで行くんだけど、相手を抜いて最後にパスして、手柄を味方に渡すっていうことをしてましたね。後ろに目がついているみたいに、こいつがちゃんとついてきてるってのがわかる。動いているあいだに、味方の位置、相手の位置までみんな見てるんですよね。
森 ボールをもらうでしょう。いいプレーヤーってのはそのときパっと見て、あ、どこが開いてるってのが見えるんです。鈍いやつというか、見えない選手の方がほとんどなんですけど。ぽっとボールをもらって、ぱっと見える選手が何人いるか。それでチームの強さが決まってきます。その点、松尾雄治(新日鉄釜石を支えた名SO)はすごかった。日本選手権のときでした。松尾がいつもサインを出してたんだけど、そのときは「違うだろう、オレが行く」といって、僕が別のサインを出したんです。松尾は「森さん、それはダメ」といってたけど、僕もプレーイングマネジャーだったから「バカやろー、監督はオレだ」って感じで自分で持ってった。そしたら、あっという間にバコーンって3人からタックルに入られた。松尾が一言だよ。「だから言ったじゃない」って。
権藤 松尾も周りが見えるプレーヤーだったってことですね。
森そうです。彼は当時じゃ最高のプレーヤーだったですね。
司会 松尾さんはあまりタックルをしなかったと聞きますが。
森 試合が終わったときにジャージーが全然汚れていなかったりするんです。でも、彼がタックルにいくときは本当に危ないときなんです。彼は読めるんです、そういうのが。それと彼が練ってやっていた練習がすごかった。遊び人みたいに思われてるかもしれないけど、全然違うんです。そこまでしなくたっていいだろうっていうくらいやった。だからエディーさんがハードワークっていったときに、まず思い出したのが松尾なんです。釜石の練習は午後5時から始まるんだけど、それから1時間半、走りっぱなしですよ。ボールとか関係なく。それが終わってからバックスとFWがそれぞれユニットで練習するんですけど、最初の1時間半が終わったときに、ほっとしましたもんね。僕も松尾も明治のOBだから、よく合同練習をしたんです。僕らは毎日やってるからついていけるけど、明治がスピードについてこられない。そしたら北島忠治先生が怒ってね。「おまえら釜石より若いのに、なにやってんだ」って。「学生ももう少し走らなきゃだめですよ」って松尾が言ったら、北島先生が「ありがとう、松尾」と感謝してました。
司会 権藤さんは練習が緩い指導者と思われていますが、実は一番しんどいと選手が口をそろえていますね。
権藤50メートルのタイム走ね。選手のベストタイムを計っておいて、プラス0.3秒までが合格。これを20本、25本とやらせるわけです。ベストが6秒の人は6.3秒までに入んなきゃ不合格。最初は選手も軽口をたたいていますが、10本過ぎたら誰も何にもいわなくなります。そのうちユニホーム脱ぐわ、シャツ脱ぐわ、そのうちトレパン一つになって、水きゅーっと飲んで、はあはあいってます。言葉も出なくなりますよ。
■人と同じことする野球監督は勝てない
司会 どんな指導者につくかで、競技人生も左右されます。お二人が影響を受けた指導者は?
森 高校のときの監督は元日本代表の新島清さんという方でした。現役時代はフランカーだったんですが、バックスの指導もされていて、それは違うんじゃないかなあと思ったりしたんだけど、そういう細かいところじゃなくて生き方そのものに影響されましたね。それは明治の北島先生も同じでした。北島先生にはストッキングをおろしちゃだめだとか、今のユニホームは違いますが、短パンの下にジャージーの裾を入れろとか。「そういうことをいちいち言わなきゃいかんのか」なんて怒られてましたよ。トライしていちいち喜ぶな、とも言われました。誰がボール出したんだ、そいつらに感謝しろ、と。
権藤私の場合、影響を受けた指導者はほとんどいませんが、コーチをやるようになってから、ドン・ブレイザー(南海=現ソフトバンク=で選手、監督)に教わったことが役に立った。状況によって内野は前に出るのかどうか聞いたときに「そんなことはたいしたことじゃない、一番難しいのは八回、九回のピッチャーの使い方だ」って言ったんです。細かいことはどうでもいい、一番大事なのは終盤の投手起用だと。
森 それが心に刺さったわけですね。
権藤 若いころは細かいことを勉強しなくちゃと思っていたけど、そんなことはたいしたことないんだとわかった。野球の監督も人と同じことをしていたら勝てんわけですよ。バントだとか、ヒット・エンド・ランだとかいったって、そんなことはスタンドのお客さんでも知ってることですからね。だいたい優勝する監督なんてのは人のやらんことをやるわけですよ。それが外れたらバカで、当たったら優勝監督。普通のことをやってたら優勝監督にはならんわけです。
森 ラグビーの場合、やるべきことは大体決まっているし、人と違うことはあまりないと思いますが、それだけに指導者としての人間性にかかってくる部分が大きいような気がします。新島先生なら新島先生、北島先生なら北島先生、その人についていきたいと思うかどうか、最後は人間性ということになってきますね。
(司会は篠山正幸)
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