ラグビー新シーズンは波乱続出、代表が生んだ好循環
ラグビーのワールドカップ(W杯)が終わって1カ月。本格的に始まった国内のシーズンでは、「波乱」が続発している。イングランドの地で日本代表が起こした衝撃が、国内の試合にも有形無形のさざ波をもたらしているのでは、とすら思わされる。
■「強豪」チームが3度、苦杯喫する
3週目までを終えたトップリーグでは、「強豪」と思われてきたチームが3度、苦杯を喫している。東芝がNTTコミュニケーションズに、サントリーが近鉄に、神戸製鋼がNTTドコモにそれぞれ敗れた。
敗れた3チームはいずれも優勝経験があり、リーグを引っ張ってきた存在。勝者はこれまで4強に入ったこともないチームばかり。過去のシーズン、同様の試合は年に数回程度の珍事だから、週に1度という今季ここまでのペースは少し特殊といえる。
11月29日には、大学生相手に50連勝中だった帝京大も筑波大に敗れた。FWの平均体重で10キロ軽い悪条件の中、堅守と密集戦に焦点を絞って戦った筑波のように、勝った各チームの努力と工夫はたたえられるべきだろう。
ただ、相次ぐ"番狂わせ"の背景には、W杯が起こした選手心理への影響もあるような気がする。リオデジャネイロ五輪出場を決めた女子7人制代表の中村知春主将が話していた。
「W杯を見て、『自分たちのラグビーができれば勝つことができる』と信じることへの光を見せてもらった。自分たちがやってきたことを信じる気持ちが強くなった」
「サクラセブンズ」は言葉通り、豊富な運動量と前に出る守備というスタイルを貫いて予選を制覇した。五輪での金メダルという高い目標に向けて、残り8カ月努力し続ける気持ちもより強くなったと中村主将は言う。
■W杯日本の3勝に「やればできる」
南アフリカ戦の金星を含む3勝という、日本がW杯で達成した快挙の難易度は、ラグビーをやっている人の方が痛感している。中村主将のように「やればできる」と希望を強く持った選手が、子供から大人まで日本中に多く生まれているのではないか。
今季、W杯の影響を感じさせるものがもうひとつある。W杯に出場した南ア代表31人のうち、トップリーグでプレーするのは8人。うち6人は新しく日本にやって来た。
南アの選手はもともと真面目な選手が多いと評判だったが、今季の新顔の勤労ぶりと、心身の充実度はさらに磨きが掛かった感がある。
ファンを最も驚かせるプレーを見せているのが、キヤノンに新加入したFBウィリー・ルルーだろう。21日のNTTドコモ戦、前半のラストプレーだった。
自陣ゴール前でナンバー8アダム・トムソンが相手ボールを奪取。数メートル前進した後、タックルで倒される。すぐ脇を閃光(せんこう)のように駆け抜けたのがルルーだった。ボールを受けると、約80メートルを走りきってトライ。周囲の度肝を抜くタイミングとスピードだから、危うくテレビ画面からも飛び出すところだった。
■南アのルルー、速い攻守の切り替え
攻守交代時、ルルーが近くにいたわけではない。少なくとも6~7人の味方がもっとボールに近い場所にいたはず。他の2選手もトムソンの近くに寄っているが、タイミングや距離感が合わず、パスを受けることはできなかった。
ボールを奪った後の反応が速く、味方が捕まる位置の予測とランのコース取りが的確だったのだろう。ボールを持った時点でルルーは既にトップスピード。ドコモの選手は追いつくことができなかった。
味方がボールを奪った時に前に上がる速さは、この場面に限った話ではない。FBというポジション柄、普段は最後方にいるが、すぐに前進して球を受け、カウンターの起点になっている。
退任したエディー・ジョーンズ日本代表前ヘッドコーチが、日本の弱点のひとつと指摘していたのが、この局面だった。1年前、こう語っていた。
「試合で最も重要な場面が攻守の切り替えだ。フィールドのどこででも起こるプレーで、日本は守備への切り替えは良くなったが、攻撃の方は悪いままだ」
ジョーンズ氏はその後、攻守交代の場面を盛り込んだ試合形式の練習をより多用するようになった。W杯での日本代表にはその成果が見られたが、日本全体ではまだ大きく変わっていないのだろう。ルルーのようなプレーが周囲に化学反応を起こせば、日本のレベルはさらに上がる。
■タックルでも、ルルーは抜群の動き
ルルーは神戸製鋼との今季初戦(15日)でも抜群の働き。ゴールラインに迫る相手に正面から突き刺さり、タッチラインの外に押し出した。インゴールになだれ込もうとする相手に体を当てた後でボールに絡み、タッチダウン(インゴール内でボールを押さえて地面に付けること)を許さないタックルもあった。攻撃でも、パスダミーからのランできれいに突破して1トライを挙げた。
1人だけでスコアを左右するのが難しいラグビーで、ほぼ独力で3トライ分の働きを見せた。試合は18-23の惜敗だったが、この活躍がなければ、7点差以内の敗戦に与えられる勝ち点1はなかった。
ルルーはW杯の日本戦には出場していない。残りの6試合では全てピッチに立っているから、事実上の温存だったのだろう。代わりにフル出場したFBはキック処理に苦しむなどいいところがなかった。もしこの26歳がピッチにいたら、試合の様相は少し違っただろう。
同様の攻守交代時の反応は、南アの別の選手も見せている。11月半ばに急きょドコモへの移籍が決まったジェシー・クリエル。初陣となった29日の神戸製鋼戦、自陣でのパスカットから一気に相手ゴール前に迫った味方をサポートし、日本での初トライを挙げた。
左肩で相手に当たってから右手1本でダンクシュートのように決める豪快なフィニッシュも見事だったが、自陣ゴール前から80メートルほどの距離を長駆し、チャンスに顔を出す抜け目のなさはルルーと共通する。チームとして4季ぶりに神鋼を破った原動力のひとつは、クリエルの存在だった。
■骨惜しまぬ南ア勢、日本選手にも刺激
献身性では、同じくドコモに加わった他の南アの2人も負けていない。ロックのエベン・エツベスはボールのあるなしに関わらず、204センチの長身を揺らして走り回る。SOハンドレ・ポラードは密集でボールを奪う「ジャッカル」など、地味な仕事もいとわない。
10月30日の3位決定戦までW杯を戦っていたことを考えると、今季の南ア勢の骨惜しみしないプレーは驚異的ですらある。強豪国から来日する選手にとって、日本は「少しレベルが落ちるがサラリーのいい国」という側面があるのは確か。
しかし、W杯で歴史的な敗戦を喫した国でプレーをするという意識が、南アの選手に心の張りを与えているのではないだろうか。もちろん、外国人選手が本領を発揮することは周囲でプレーする日本の選手にも大きな刺激になる。そう考えると、日本代表がW杯で見せた快挙はピッチ上にさらなる好循環を生んでいることにもなる。
(谷口誠)