ホンダF1復帰 伊東社長「挑戦が大事、早く結果を」
3月13日、オーストラリア・メルボルンで開幕するF1シリーズ。自動車レースの最高峰の舞台に、ホンダが7年ぶりに復帰する。かつてアイルトン・セナ(ブラジル)、アラン・プロスト(フランス)を擁し、1988年には16戦中15勝と圧倒的な強さで黄金時代を築いたマクラーレンと再びコンビを組んでの挑戦だ。伊東孝紳社長に狙いなどを聞いた。
■F1復帰は挑戦するホンダの象徴
――ホンダにとってF1とは。
「ホンダは挑戦、チャレンジを大事な文化にしている。F1は四輪レースの頂点。そこで勝ちたいという思いはやっぱり挑戦の象徴だと思う。非常に重要な活動だ」
――今回はマクラーレンと23年ぶりにコンビを組む。
「復帰するにあたり、最初に考えたのはフル参戦だった。ただ、チームを持つことは相当費用がかかる。チーム運営には難しい部分があり、それに我々は慣れてもいない。そこで今回は我々の得意な分野の(エンジンを含めた)パワートレイン技術に集中した」
「もちろん、他のレース活動に比べたら、パワートレインそのものもかなり高額な開発費になる。ただ、現在のF1のレギュレーションはハイブリッドがテーマになっている。これは我々が商品の面でも基幹技術と考えているものだ。そしてハイブリッドは単なる燃費のためだけの技術である時代が終わり、車を楽しくするための技術の時代に入ると思う。F1はまさにそれを先取りして動いている。我々にとっては好機到来。F1にかけた費用は我々のあすの商品、技術開発につながる。レース活動にとどまらず、非常に有意義だと考えている」
――レース部門と市販車の交流は活発なのか。
「前回の第3期(2000~08年)の活動を終了した際、当時のF1に関係した技術者は喫緊の課題であったハイブリッドや小型ディーゼルの方に移行し、かなりいい結果を残してもらった。ただ、日ごろから交流を密にしているかというと、そうではない。同じ技術研究所内にいるので、トップマネジメントや中間層は意思疎通を図っており、おのずと将来は交流が深まると思う。とはいっても、今はF1参戦に向けて突貫工事で進んでいる。F1で早く結果を出すために課題も多いし、まずはそれを整理するのでいっぱいの状態だ」
■勝つには多くの要素必要と前回知る
――前回の挑戦ではBARとのコンビを経て、06年からフル参戦したが悔しい結果に終わった。09年にはホンダの車をベースにしたブラウンGPが総合優勝した。
「悔しい思いはした。ただ、我々の技術者のレベルは高かったというのは証明できた。そこで感じたのはF1で勝つにはハードだけでなくて、チーム運営、マネジメントの領域が大事だということ。我々がやっていたときチーム全体が一体感をもっていたかといえば、そうではなかったと思う。F1では微に入り細に入り、あらゆる要素が勝つことにつながる」
「(チームの本拠地がある)英国の現場スタッフはイギリス人が多いが、いろんな人種が集まっていて基本的には英語で会話が成り立っている社会だ。その中で優秀な人をつなぎ留めて(F1を)やるのは、どんなに優れた日本人でも一朝一夕にできるものではない。相当なリーダーシップを持つ人がいて、初めて可能になる」
「そうした社会に本当に我々がどっぷり入るのか、そうではなくて、違う次元で根性を入れた活動をするのか。ちょっといろいろ考えてしまう領域である。我々の技術力を証明したい、チャレンジの象徴にしたい、勝つ喜びを得たい。そう考えた時、一番大事なのは我々の得意分野で貢献することだと思った。もし、次のステップにいくとしても、そこには確固たる自信がないといけない。では次のステップに進むつもりはあるか、と問われると、今はまだそのつもりは全然ないけれど」
■まず車の熟成作業に追われること覚悟
――今シーズンの目標は。
「それはあまり言ってこなかったが、早く結果が欲しいなと思う。ただ、常識的にいえば難しい。マクラーレンとテストをしたのは(1~4日にスペインで開催された)合同テストが初めて。昨季までマクラーレンはメルセデスと組んで車を作っていた。今回のテストでようやくエンジンを車体に積み込んで走ったのだから、そんなにすんなり走るというのはね、あり得ないと思っていた」
――テストでは4日間で79周しかできないなど苦しんでいたようだが。
「もうちょっと周回を重ねてほしかったというのはある。しかし、こんな困難は予想の範囲内だ。それを何とかして仕上げて、いい車にする作業を(開幕までの)短い期間でどこまでできるか。これはレースが始まってからも続く。正直言うと、今季は車の熟成作業に相当追われることになると覚悟している」
「同時に来季に向けての仕込みもしないといけない。1年間、その積み重ねになる。すべてはこれから。お互いのエンジニアが交流し、技術的な課題を克服していく。そしてドライバーがいかに気持ちよく運転できる車に、いかにスピーディーに仕上げていくか。幸い2人のドライバーはベテランで安定した人たちだ。彼らがいることで間違いなく車の熟成は早まると思う。F1で勝つにはドライバーが一流で、エンジンがパワーにあふれていること。それから空力が良くないといけない。最後に運もないとね。全部の条件が満たされないと勝てない」
――国内ではF1人気の低下も指摘される。
「継続的に続けることが大事だと思っている。地道な活動が自動車に対する興味だとかレースに対する興味をまた盛り上げていく。世界でビジネスをしていて感じるのは、やっぱり勢いのある地域というのはレースに対して参加意識が高いし、人気も高い。日本は車離れがよく話題になる。チャレンジングに、魅力的かつ行動的に活動していかないと、お客様の気持ちも得られない。常にチャレンジを続けることが、今後の(F1、モータースポーツ人気の)盛り返しに重要なのではないか」
■社内の盛り上がり、勝たないことには
――将来的な日本人ドライバーの起用は。
「それは夢ですよね。ただ、本当に(実績を)積み重ねて認められてこないと(F1のシートには)座れない。継続が必要だと思う。ホンダはF1に限らずいろんなレース活動を支援しているが、優秀なドライバーがステップを上がっていって四輪系では最後にF1がある。F1に参戦し続けることが、将来の可能性を担保するのではないかと思う。第3期で走った佐藤琢磨さんはその象徴だと思う。ドライバー育成プログラムなどサポート体制は今まで通り。ただ、F1があるとないとでは(モチベーションが)違うのではないかと思う」
――社内でのF1に対する熱意は。
「F1始めますということでそれなりに盛り上がる。ただ、影響が大きいのは勝つこと。いい例が二輪のモトGP。これは08年のリーマン・ショック時も予算は減らしても、やめなかった。一時低迷したけれど、今は18戦13勝を挙げたマルク・マルケス(スペイン)らの活躍もあって非常にいい成績を収めている。社内での認知度が高く、社内で話題に上る量も増えた。勝たないと本当の意味での意識の底上げにはならない」
「ずっと継続したのも大きかった。二輪もかつての黄金時代があって、低迷期もあって、リーマンがあって。やはり継続のなせるわざだと思う」
■短期的には難しくても必ず業績に寄与
――F1参戦が業績に与える影響は。
「短期的な業績ということでは難しい。企業のブランドイメージを高め、社会や従業員を含めた関係者が我々の企業活動を再認識してくれる効果の方が大きいと思う。我々は単にモノを売って、もうけてというロジックで動いているわけではない。基本理念は『作って喜び、売って喜び、買って喜び』だ。それは、性能の優れたもの、憧れのもの、そういった商品やサービスがあって成立する。そこに向けた活動は、直接商品につながろうが、間接的にそれを証明しようが、企業活動におけるモチべーションであろうが、必ず業績に寄与すると思う」
――改めてF1への熱意を。
「ホンダはいろいろな課題があろうとも挑戦し続ける会社でありたい。F1復帰はその象徴でもある。F1には非常に困難な課題もあるが、それをどうやって一日も早く乗り越えるか。日々、実践していきたい。それが社員のモチベーションアップにつながり、社会の共感を得ることにもなるのではないかと思っている。そのためにも早く勝ちたい」
(聞き手は馬場到)
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