英政権中枢で新型コロナ集団感染、安倍政権は大丈夫?
英国のボリス・ジョンソン首相は3月27日、新型コロナウイルスに感染したことを発表した。主要7カ国(G7)の首脳としては初めての感染だ。同日のツイッターでは、「発熱やせきが続いたので、検査を受けたところ陽性だった。自宅で仕事を続け、外部との接触を避けている」と話した。
28日には英政権のコロナ対策会議にビデオ会議で参加する写真を公開するなど、自主隔離しながらも指揮を執っていることを示した。また、英国内の約3000万世帯に新型コロナ対策の詳細を記した手紙を送付した。
ジョンソン首相は普段、ナンバー10(首相官邸)で執務している。英紙ガーディアンによると、自主隔離をするために、財務相の執務室ナンバー11を借り、その両隣に位置するナンバー10とナンバー12との境界を遮断し、人が往来できないようにしている。食事や仕事に関するものは直接手渡ししないように、スタッフが部屋の前に置き、ノックして知らせるという。31日に英国の感染者は2万5479人、死亡者は1789人と急増しており、隔離状態で適切に指示が出せるのか、懸念がある。
ジョンソン首相の感染経路は分かっていない。ただ、ジョンソン首相は十分に注意を払っていなかったようだ。3日の会見では「私は病院で新型コロナの感染者と握手をした。感染を知っていて握手をしたので、患者は喜んでいただろう」と語り、右隣の医療専門家に手を差し出し、「専門家と握手をしても手を洗うことが最も大事だ」と自信を持って述べていた。手洗いの重要性を強調したかったのだろうが、感染者との接触を回避していない点など、国のリーダーとして軽率だったとの批判がある。
首相に近い人物の感染相次ぐ
そして、英政府の中枢で感染が広がっている。始まりは保健省のドリーズ政務次官による3月11日の感染発表だった。ジョンソン首相が感染を発表した27日からは、感染者の発表が相次ぐ。同日には、新型コロナ対策の陣頭指揮を執るハンコック保健相が感染を発表した。
首相と近距離で関わった人々に検査を行い、首相と日々連絡を取り合うチーフアドバイザーであるドミニク・カミング氏や、英国の欧州連合(EU)からの離脱(ブレグジット)に関する首席交渉官であるデビット・フロスト氏、イングランド主任医務官のクリス・ウィッティ氏、英インペリアル・カレッジのニール・ファーガソン氏などの感染が明らかになった。ジョンソン首相の婚約者で妊娠中のキャシー・シモンズさんやスコットランド大臣のアリスター・ジャック氏、イングランド主任医務官のクリス・ウィッティ氏は、感染疑いで自主隔離に入った。英メディアはさらなる感染者が出る可能性があると報じてる。
感染拡大で英下院は4月21日まで閉鎖
英議会も感染拡大の温床と見られている。ブレグジット関連で日本でも映像や画像が紹介されることが多かったためイメージが湧くかもしれないが、英下院は密室に肩を寄せ合い議論をする。首相を含め議員たちが長椅子に隣同士と肩がぶつかり合う距離に座り、近距離で議論し合うため、議員たちの飛沫が届きかねない距離だ。
議会での感染かは不明だが、3月16日には最大野党、労働党のオズボーン議員の陽性が判明した。感染拡大を受け、4月21日まで議会は閉鎖されることが決まっている。
スペインではキーパーソンの感染が相次ぐ
議員の感染者は、英国以外でも多い。スペインでは12日、国会議員の陽性が判明してからスペイン議会のすべての議員に検査が実施され、何人かが陽性だったためスペイン下院は閉鎖され、在宅勤務となっている。
サンチェス首相の妻が感染したほか、首相の母親や義父の陽性も判明。首相自身は陰性のようだが、カルボ副首相も感染した。30日にはそれまで連日、記者向けに説明をするなど新型コロナ対策のキーパーソンである厚生省フェルナンド・シモン緊急警報調整局長も陽性が判明した。
スペイン第2の都市であるバルセロナを抱えるカタルーニャ州の首相と副首相も陽性が判明し、同州の中枢でも感染が拡大していることが明らかになっている。
政府の新型コロナの対策会議には必要な議員だけが集まるようにし、その後の首相による記者会見はオンラインでの実施に変更されている。首相と地方自治体との会議もオンラインで行っている。
国民の模範を身を持って示そうとする首脳もいる。ドイツのメルケル首相は、22日から自宅で隔離を始めた。20日に肺炎球菌の予防接種の際に受診した医師が、新型コロナの検査で陽性となり、メルケル首相も感染の可能性があるためだ。
ドイツでは外出禁止令を出していないものの、家族や同居人以外で3人以上が集まることや人との距離を取ることを求めているが、若者たちが集い、パーティーを開くことなどが問題視されている。メルケル首相は、自ら積極的に自主隔離に入ることで国民の協力を呼びかける狙いがある。30日に3回目の検査で陰性となったが、それでも念のために在宅勤務を続けるという。
政治家の感染発覚が相次ぎ、記者会見のあり方も変わっている。欧州では様々な記者会見で、発表者同士や記者同士が距離をとるようにしている。会見では大きな広間に椅子が点在するように置かれており、インタビューでは長い棒にマイクをつけるなどして、距離を取ることが珍しくない。
欧州に比べ高齢者が多い日本の政権中枢
日本では欧州に比べて新型コロナの感染者と死亡者が少ないためか、政治家の対応が遅い。既に学校を休校し、住民に外出自粛を求める都道府県もあったが、これまで政権中枢では抜本的な対策が取られてこなかった。31日に次回の新型コロナ対策本部会議から、同時感染を防ぐため安倍晋三首相と政権ナンバー2の麻生太郎副総理兼財務相が同席しないことを決めたという。4月1日の参院決算委員会では首相や閣僚の座席に間隔を空け、マスク着用などの対策を取った。
東京都の小池百合子知事は25日、緊急記者会見を開催し、都内で感染者が増えていることを受け、28日と29日の外出自粛を都民に求めた。その場で密室、密着、密接の回避を呼びかけているにもかかわらず、密室と見られる会見場に多くの記者を密着した状態で集め、批判された。
年齢によって体力や免疫力は様々だろうが、年齢が高まるほど新型コロナ感染による重症化や死亡のリスクが高いことが分かっている。世界で最も新型コロナによる死者数が多いイタリアにおける29日のデータ(下のグラフ)によると、60歳以上から致死率が跳ね上がる。50~59歳の致死率が2%なのに対し、60~69歳が7.1%、70~79歳が19.8%となっている。
欧州は指導者の比較的、年齢が若い。感染者数が1万人を超える欧州各国の指導者の中で60歳を超えるのは、65歳のドイツのメルケル首相だけだ。イタリアのコンテ首相は55歳、スペインのサンチェス首相は48歳、フランスのマクロン大統領は42歳、英国のジョンソン首相は55歳、スイスのソマルーガ大統領は59歳、オランダのルッテ首相は53歳、ベルギーのウィルメス首相は45歳、オーストリアのクルツ首相は33歳だ。
それに対しては日本の安倍政権は高齢者が多い。安倍首相は65歳。首相の臨時代理予定者の順位を上から見ても、麻生財務相は79歳、菅義偉官房長官が71歳、茂木敏充外相が64歳となっている。
また、日本の経営者も海外に比べると年齢層が高く、70歳を超える代表取締役も少なくない。海外では英ブリティッシュ・テレコム(BT)のフィリップ・ジャンセン最高経営責任者(CEO)が感染。感染発覚の前に英通信会社のO2やスリー、ボーダフォンUKのCEOと面会しており、そのCEOたちも自主隔離の対象となるなど、経営トップ同士が会うため各社の経営に影響が及ぶ可能性がある。
高齢者が多い日本の政権中枢や企業経営者は、本人の健康や組織の指示命令系統を維持するためにも、さらなる注意が必要だ。
(日経ビジネス 大西孝弘)
[日経ビジネス電子版2020年4月1日の記事を再構成]
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