「地域医療計画」悩む自治体 ノウハウ不足、見直し課題
地域医療の質を高めるため都道府県が策定する「地域医療計画」を巡り、自治体職員が苦悩している。幅広い疾患の専門知識が必要だが、職員は2、3年ごとに異動し、初めて担当になることも多いからだ。一部の自治体は最終的な成果と必要な施策の関係を樹形図でまとめる「ロジックモデル」という枠組みを導入。対策の漏れをなくし、進捗管理や評価に基づく改定作業をしやすくしている。自治体職員を支援するマニュアルづくりも進んでいる。
「県庁の担当者は本当に困っています」。滋賀県の医療政策課の村岡佑哉さんは昨年12月下旬、東京駅近くの会議室で開かれた意見交換会で、2020年4月から実施しようとしている「地域医療計画」の中間見直しに向けた研修などの状況を報告した。
入庁9年目の村岡さんは最初は医療福祉関係の担当をしていたものの、その後は関連のない部署を経験し、医療計画の担当になったのは2年前。3年前の計画づくりには携わっていないうえ、中間見直しも初めてだ。「計画をどう見直し、次の改定につなげるのか。ノウハウが欲しい」と切実に訴えた。
意見交換会は、国際医療福祉大大学院で地域医療計画やがん計画に関する社会人向け講座を開いている埴岡健一教授と、受講生の吉田真季さん、松本佳子さんら有志でつくる「地域医療計画評価ネットワーク」(RH-PLANET)が開催した。
地域医療計画は1985年の医療法改正で導入された。当初は病床が増えすぎないように規制することが中心だった。2006年の同法改正以降、住民も参加し、地域で質の高い医療サービスを受けられる体制整備が盛り込まれた。
現在は5疾病(がん、脳卒中、心血管疾患、糖尿病、精神疾患)と、5事業(救急医療、災害医療、へき地医療、周産期医療、小児医療)に在宅医療を加えた11分野を中心に、都道府県が6年間の計画を立て予算や事業を組む根拠となる。
現在の計画は3年目となる20年度に必要に応じて中間見直しが求められている。ところが各都道府県は医療計画の中間見直しや改定の検討は進んでいない。
意見交換会を開いた国際医療福祉大大学院の受講生有志は都道府県の担当者にアンケート調査を実施。1月中旬までに回答があった31道府県のうち「中間見直しや評価をする」と答えたのは2自治体。14自治体は検討中で、約半数の15自治体は検討していなかった。
こうした中間見直しや評価の課題として「国の方針を待たないと検討できない」が25自治体で最も多かったが、不足しているものとして(1)経験・知識(2)指標設定に見合うデータ(3)データ分析・解釈のノウハウ――を挙げたのが、それぞれ16自治体に上った。
医療計画はそれぞれの疾患の特性など医療知識も求められるため、自治体が策定する他の計画に比べると専門性が高い。自治体の担当者は2、3年で部署を替わることが多く、冒頭の滋賀県と同様、専門性の高い医療計画の改定や中間見直しに悩む自治体は多い。
一部の自治体は医療計画の策定に「ロジックモデル」という枠組みを取り入れ、分かりやすい計画づくりを進めている。ロジックモデルは「最終的な成果(アウトカム)は何か」を設定し、達成するための中間アウトカムや個別施策などを樹形図で整理する手法だ。
18年度からの医療計画でロジックモデルを採用した自治体の一つが沖縄県だ。
たとえば脳卒中分野では最終アウトカムとして(1)発症数が減少している(2)年齢調整死亡率が低下している(3)在宅復帰できている――を掲げ、「血圧や血糖値など危険因子の改善」「脳卒中の急性期医療の確保」「質の高いリハビリの提供」などを中間アウトカムに据えている。
さらに具体的な施策として「特定健診を受診していない人への受診勧奨」「脳卒中に対応する手術が24時間速やかに実施できる体制整備」を挙げ、すべてに達成度の指標となる数値目標を付与している。
計画づくりを担当した医療政策課の高嶺公子さんは、厚生労働省が16年10月に開催した都道府県の医療計画担当者向けの研修で埴岡教授の講義を受け、ロジックモデルを知った。「以前の計画をロジックモデルに当てはめたところ、成果目標の記載がなかったり、達成するための施策がなかったり不十分な部分に気づいた」と振り返る。
奈良県は、がん分野で先行してロジックモデルを導入した。疾病対策課の大井久美子さんは「目標を達成するため、どの対策に力を入れるべきかを整理できる。計画づくりに参加する医療関係者や住民・患者代表にも分かりやすく、さらに中間評価の議論がしやすい」と効果を実感している。
奈良県では13年度からの第2期がん対策推進計画から先駆的に導入。こうした取り組みもあり、がん(全部位)の人口10万人あたり年齢調整死亡率は18年までの13年間で全国で最も減少率が大きく、死亡率の低さは05年の全国34位から18年には4位と改善した。
自治体の計画は「絵に描いた餅」と軽視されがちだが、課題と対策を明確にした計画は地域医療の質向上のカギとなる。
■ロジックモデル活用を 政府、根拠ある政策立案へ
米国では社会政策に関する計画の策定、運営のためのツールとして「ロジックモデル」が活用されている。日本でも政府の行政改革推進本部は「根拠ある政策立案」(Evidence-Based Policy Making=EBPM)の実現に向け、ロジックモデルの作成を強調しており、すべての行政改革の柱の一つになる。
ロジックモデルは「実際にどのような影響(インパクト)があったのか」という評価がしやすく、計画立案(Plan)→実施(Do)→評価(Check)→改善(Action)の「PDCAサイクル」を回しやすくなる。
国際医療福祉大大学院の埴岡教授と講座の受講生有志らは、都道府県の医療計画の担当者がロジックモデルを導入する計画策定のガイドブックと中間見直し・中間評価に向けたマニュアルの暫定版を作成し、公開している(https://sites.google.com/view/rhplanet/)。
埴岡教授は「自県の現在の計画をロジックモデルに落とし込むと、不足している対策やデータが分かる。評価と改定を繰り返すことで、より実効性のある計画に育つ」と指摘している。(前村聡)
日経実力病院調査を企画したほか、がん、心臓、脳疾患、老衰、医療費の実態を公開データなどからデータジャーナリズムの手法で市区町村別に分析、「見える化」した記事を執筆しています。厚生労働省担当として医療安全、薬害、感染症対策、児童虐待、食品安全、過労死問題などのほか、阪神大震災、東日本大震災、熊本地震など災害取材も多く、安全・安心な社会のあり方を模索しています。現職は医療面編集長。共著に「医療再生」「砂上の安心網」など。カバージャンル
経歴
活動実績
2024年4月6日
日本弁護士連合会の連続シンポジウムで「京都ALS嘱託殺人事件から考える課題」を講演
2024年2月16日
医療政策アクティブネットワークの講座で「患者・市民参画の動き」を講義
2024年1月18日
東京財団政策研究所のオンラインシンポジウム「あなたが最期を迎えるなら、自宅がよいですか?病院がよいですか?~看護がつなぐ医療と暮らし~」にパネリストとして登壇しました
2023年12月18日
東京大学大学院公衆衛生学講座で「医療政策の決定過程とメディアの役割」を講義
2023年12月1日
医療政策アクティブネットワークの講座で「医療を動かす講座が目指すもの」を講義
2023年11月24日
国際医療福祉大大学院で「新興感染症対策のPDCA管理のための指標とデータ」を講義
2023年11月2日
日本公衆衛生学会総会で「ロジックモデルを活用した新興感染症の地域医療計画」を講演
2023年11月1日
日本公衆衛生学会総会で「新型コロナ、メディアは責務を果たしたのか」を講演
2023年9月17日
キャンサーネットジャパンの養成講座で「がん対策推進基本計画~患者・家族が動かしたがん政策」を講演
2023年8月12日
地域医療計画評価ネットワークの意見交換会で「新興感染症分野の医療計画策定に向けて」を講演
2023年6月7日
東北医薬品卸業連合会の定時総会記念講演会で「どうする社会保障〜コロナ禍3年の課題と希望」を講演
2023年4月
共著「新型コロナウイルス感染症対応記録」を日本公衆衛生協会から出版
2023年4月7日
新時代戦略研究所のラウンドテーブル3回目で「医療政策の立案に患者・市民が参画するために必要な仕組みづくり ~『代表性』のこれまでとこれから」を講演
2023年3月25日
医療事故・紛争対応研究会の年次総会で「医療事故は減少したのか」を講演
2023年2月10日
雑誌「PHASE3(フェイズ・スリー)」2023年3月号の連載「高橋教授のこの人に会いたい」で対談記事掲載
2023年2月7日
新時代戦略研究所「なぜ今、医療政策立案への患者・市民の声が必要か」のラウンドテーブル2回目に登壇
2022年12月19日
新時代戦略研究所「なぜ今、医療政策立案への患者・市民の声が必要か」のラウンドテーブルに登壇
2022年12月9日
国際医療福祉大大学院で「新興感染症対策のロジックモデルと指標で、地域別データを読む」を講義
2022年10月8日
日本公衆衛生学会総会で「第8次医療計画と『感染症』〜続・新型コロナの教訓をどう活かすか?」を講演
2022年8月6日
日本赤十字社九州ブロック血液センター主催のシンポジウムで「日本のコロナ『敗戦』〜医療安全の行き詰まりとの共通点」をテーマに講演
2022年7月31日
医療事故・紛争対応研究会で「記者の立場から見た情報開示」をテーマに講演
2022年7月14日
消費者関連専門家会議(ACAP)の「アクティブシニア研究会」で「データで読み解く高齢社会の現状と課題」をテーマに講演
2022年5月27日
国際医療福祉大大学院で「新型インフルの行動計画の検証と感染症計画のあり方」を講義
2022年3月30日
米国研究製薬工業協会主催の会議で「米国と日本の患者団体のあり方と課題」を講演
2022年3月28日
国会議員主催の勉強会で「次なるパンデミックに備えた医療提供体制等の改革」を講演
2022年3月26日
医療事故・紛争対応研究会の年次総会で「新型コロナと日本の医療提供体制の課題」を講演
2022年2月28日
日本総合研究所「持続可能で質の高い医療提供体制構築に向けた研究チーム」のラウンドテーブルに登壇
2022年1月30日
CancerX Summit 2022でパネル討論「がんの社会課題にみえるギャップ」に登壇
2022年1月20日
企業の管理者向けセミナ―で「コロナで浮き彫り、日本医療の脆弱性を考える」を講演
2021年12月22日
日本公衆衛生学会総会で「第8次医療計画と『感染症』〜新型コロナの教訓をどう活かすか?」を講演
2021年12月13日
東京大学大学院公衆衛生学講座で「医療政策の決定過程〜コロナ禍でPublic Healthに期待される役割」を講義
2021年12月10日
共著「事例から学ぶ『医療事故調査制度』活用BOOK」を篠原出版新社から出版
2021年11月26日
国際医療福祉大大学院で「地域の課題抽出のために医療・介護・福祉・社会の横断的データセットを活用する」を講義
2021年10月31日
医療事故・紛争対応研究会で「記者の立場から見た情報開示」をテーマに講演
2021年10月28日
横浜日経懇話会で「医療における社会課題の解決と民間の役割」をテーマに講演
2021年10月27日
政策懇談会で「新型コロナで浮き彫りになった医療提供体制の課題」をテーマに講演
2021年10月2日
東海青年医会パネルディスカッションで「コロナ禍の教訓をどう活かすか」をテーマに講演
2021年8月26日
日本経済社で「医療における社会課題の解決と民間の役割」をテーマに講演
2021年4月23日
国際医療福祉大大学院で「医療関係計画PDCAサイクルのこれまでとこれから」を講義
2021年3月27日
医療事故・紛争対応研究会で「医療安全対策をめぐる過去30年間の総括と今後の課題:社会の視点から」をテーマに講演
2020年12月26日
メディカルジャーナリズム勉強会「新型コロナ、メディアは責務を果たしたか」に登壇(オンライン開催)
2020年12月14日
東京大学大学院公衆衛生学講座で「新型コロナ政策の決定過程」を講義
2020年10月22日
日本公衆衛生学会シンポジウムで「医療計画とがん計画の中間評価 あるべきインパクト評価とEBPM普及への道」を講演
2020年10月4日
医療事故・紛争対応研究会で「記者の立場から見た情報開示」をテーマに講演
2020年10月2日
国際医療福祉大大学院で「新型コロナウイルス対策とデータジャーナリズム」を講義
2020年9月27日
日本ヘルスコミュニケーション学会特別シンポジウム「新型コロナウイルス感染症に関するリスクコミュニケーション」で指定発言
2020年8月25日
「日経実力病院調査 2020-2021年版 (日経ムック) 」を日経BPから出版
2020年6月19日
日経xTECHオンラインセミナー「新型コロナ死者数、本当は? 『超過死亡』で見えた政府統計システムの大問題」をテーマに講演
2020年5月22日
国際医療福祉大大学院で「政策評価と日本の医療の将来」をテーマにオンライン講義
2020年5月12日
共著「無駄だらけの社会保障」(日経プレミアシリーズ)を日経BPから出版
2020年4月20日
共著「新型インフルエンザパンデミックに日本はいかに立ち向かってきたか」を南山堂から出版
2020年3月28日
ヘルスケア発信塾「感染症危機の情報発信を考える~新型コロナウイルス感染症対応について」登壇(オンライン開催)
2020年2月2日
CancerX summit2020でパネルディスカッション「がんと言われても動揺しない社会に向かって」に登壇
2020年2月2日
患者の声協議会の勉強会で「公開データによる地域医療の現状の見方を講演
2019年12月16日
東京大学大学院公衆衛生学講座で「医療政策の決定過程」を講義
2019年11月29日
医療の質・安全学会で「市民に医療安全を伝えるには」をテーマに講演
2019年9月29日
日本遺伝看護学会で「あなたを支える医療情報の伝え方」をテーマに講演
2018年2月
共著「2030年からの警告 社会保障 砂上の安心網」を日本経済新聞出版社から出版