解説者もファンサービス第一 ノムさん節が手本に
2月にフジテレビのCSで放送されたヤクルトのキャンプ中継で解説を務めた時のこと。キャンプインした1日、筋骨隆々の体から「なかやまきんに君」の愛称を持つ中山翔太の打撃フォームについてアナウンサーから問われ、気になったことを話した。
構えてから始動する際、まずは捕手方向に体を動かしてからバットを振りにいくのが理想的な打ち方。この「引く」動きがないと上半身だけで振ることになり、打球に強さが出ない。中山のフォームがそうなっていたので、「これでは僕はあまり評価しないですね」と話した。「5センチでもいいから捕手方向に動いてから振る。そういう形ができないと、本当のレギュラーは難しいのではないでしょうか」
するとどうだろう。翌日見ると、捕手方向に動いてから振るフォームに変わっていた。ちょうど中継で中山にインタビューすることになっていたので、「きのう俺が言ったことを誰かに聞いたの?」と尋ねると、「親戚から電話がありました」。やはりテレビの力はすごい。
中継での一言で変わったといえば、こんなこともあった。最近はユニホームでなく、薄手のTシャツ姿で練習に臨む選手が多い。ヤクルトのキャンプ初日もこの手のシャツに身を包んだ選手が多かった。それはそれでいいとして、問題はそのシャツに背番号が書かれていなかったこと。選手を判別する手掛かりになる背番号がないと、誰がどこにいるのかさっぱり分からない。「お客さんに不親切ですね」と放送席から指摘した。
翌2日、選手の多くはユニホーム姿だった。背番号があるから目当ての選手がすぐに分かる。中山の親戚のように球団の誰かが放送を見ていて、選手たちに伝えたのだろう。スポーツ選手はお客さんに覚えてもらってなんぼ。プロならそういうことを意識してやるべきだろう。
今回のキャンプ中継では、気になる選手がいたら私がグラウンドに下りていってインタビューする新しい試みをした。ブルペンに足を伸ばした際には、伊東昭光編成部長から耳寄りな話を仕入れた。ヤクルトは今季、ソフトバンクで育成選手だった4年目の左腕投手、長谷川宙輝を獲得した。育成契約で3年間過ごした選手は他球団との契約が可能になる仕組みを使ったもので、長谷川は早速、ヤクルトで支配下登録を勝ち取った。
伊東によると、長谷川の流出を誰よりも悔しがったのがソフトバンクの工藤公康監督だった。「長谷川はどうしても残したい投手だった。取られるんだったら支配下登録にしたのに」と漏らしたという。キャンプにうってつけのホットな話題、すぐに放送で紹介させてもらった。
初日からの2日間で一緒に解説を務めたのは大矢明彦さん。ヤクルトOBだから、私より思い入れを持ってキャンプを見ていたのではないかと思うが、大矢さんが「うちのチームは」という時に指すのは意外にもDeNA。前身の横浜時代に監督を務めた時のイメージが強いのかもしれない。
大矢さんとは私が中日にいた頃に対戦しているが、ねちっこい捕手だった印象がある。例えば満塁のピンチでフルカウントになった時、ストライクになりやすい球種を要求する捕手は多い。そんな窮地に低めのフォークボールを要求するのが大矢さんだった。投手にとっては何とも厳しいリードだが、ここ一番で最もアウトになる確率が高い球を求める点で、打者にとっても厳しい捕手だった。ピンチで臆せずフォークを要求できた背景には、ワンバウンドの球でもまず後逸しない技術の裏付けもあった。
2月に亡くなった野村克也さんと違って、大矢さんは相手打者にぶつぶつと何かを言うことはほとんどなかった。だからこそ、たまに声を掛けてきた時のことはよく覚えている。
ヤクルトに梶間健一さんという投手がいた。他チームの左打者が一様にてこずる左腕だったが、球種によってグラブの位置が異なる癖を見抜いた私は、それから梶間さんを打ちまくった。1年間で打率6割くらいをマークした年もあったと思う。あまりに私が打つので、ある時、大矢さんに「おまえもう、次の球が何か分かっているだろ」と言われた。「いや、全然分かりませんよ」。分からないで内角に食い込んでくるシュートを右翼線にはじき返せるわけはないのだが……。
大矢さんとの思い出話は別にして、放送では色々なアングルからの映像を使った打撃フォーム解説や選手のこぼれ話など、バラエティーに富んだ話をするよう心掛けた。時に放送席、時にグラウンドと様々な場所からリポートするスタイルと合わせて、4時間の長丁場でも視聴者を飽きさせない中継ができたのではないか。趣向を凝らしたかいあってCS放送の登録者数が増えた、とフジテレビの人から聞き、その思いを強くした。
思えば、「ぼやき」という味のあるファンサービスで人々を魅了したのが野村さんだった。思わず耳を傾けたくなる「ノムさん節」がどれだけお茶の間に笑いをもたらしたことか。監督としてヤクルトの黄金期をつくった野村さんは、はたして今回のキャンプ中継を楽しんでくれただろうか。ファンに向けて話したことが現場の反応を呼ぶ、そんな実のある発信に今後も努めていきたいと、偉大な「エンターテイナー」の訃報に接して改めて思った。
(野球評論家)