アストロズのサイン盗み 空振り多く、効果ゼロ?
スポーツライター 丹羽政善
2017年6月上旬、米大リーグ・レンジャーズのダルビッシュ有(現カブス)は、アーリントンに遠征してきたアストロズの青木宣親(現ヤクルト)とビジタークラブハウス前のテーブルで1時間近く話し込んだ。
青木はその際、「アストロズは全部わかっている」とダルビッシュに伝えたそうだ。それはダルビッシュの投げるときの癖であり、それを暗にほのめかしたのだと解釈できたが、2人がそれ以上を明かすことはなかった。
それから10日ほどたってから、ダルビッシュは敵地で行われたアストロズ戦に先発すると、7回を1安打、1失点に抑えている。このときアストロズのダッグアウトからはゴミ箱をたたく音が36回も聞こえていた。
■ゴミ箱2回たたけばチェンジアップ
今も尾を引く、アストロズのサイン盗み問題。アストロズファンだというトニー・アダムス氏が、同球団の17年のホームゲーム58試合を調査し、先日、確認できるだけでも1100回以上もダッグアウトからゴミ箱をたたく音が聞こえることを公表した。36回というのは、そこからの引用である。
映像が残り、聞こえた分だけであり、リサーチには限界もあったようだが、十分に参考となる。さっそく、複数の米メディアがその公開されたデータベースを基に、様々な検証を試みている。
話を進める前に触れておくと、センターからの映像を基にゴミ箱をたたいて球種を教えるという、ある意味、古典的な伝達手法の裏では「コードブレーカー」と呼ばれるプログラムの存在があったとのこと。捕手のサインと実際の球種を入力し、アルゴリズムを用いて、サイン盗みに利用していたことを2月7日、ウォール・ストリート・ジャーナル紙が報じている。そのプログラムの正確性はデータ分析などに定評がある米サイトのベースボール・プロスペクタスによると93%だという。
公開されたデータを確認すると、音は変化球のときに鳴り、例えば2回ならチェンジアップ、1回ならカーブ、スライダーということが多い。試合ごとにその回数が異なるので、対戦投手によって取り決めがあったのかもしれない。音が鳴らなければ真っすぐ系とのことだが、すべての球でサイン盗みをしていたわけではないようなので、区別が難しい。
そうした曖昧さを加味した上で、ベースボール・プロスペクタスのほか、ファングラフス、ザ・リンガーといったデータ系に強いスポーツサイトが、ダッグアウトから聞こえた音と17年の結果との関連をたどったが、一様に効果に疑問を投げかけた。
■打者にアドバンテージありといえず
ベースボール・プロスペクタスは、こう結論づけている。「全体でみれば、驚いたことにその効果はゼロに近い。あれだけ(システムの開発などに)力を注ぎ込んだにもかかわらず、数値的にみれば、我々が検証した限り得点に寄与していない」
ファングラフスは、得点の価値(過去のデータを基に特定の場面でどれだけ得点を期待できるかの予測)に注目。すると、特に真っすぐ系の球種においては一定の効果がみられたものの予想したほどではなく、得点するチャンスが高い場面ではむしろ、マイナスに働いているとはじき出した。ザ・リンガーも「様々なデータを比較したが、アストロズの打者が明確にアドバンテージを得ていたとは言い切れない」としている。
サイン盗みがなぜ起こるかといえば、打者がアドバンテージを得るためである。来る球種が分かっていれば、それだけ打者が有利になる――。ただ、実際にはそうではない、ということか。
筆者も独自にアダムス氏のデータベースを利用して音が鳴ったとき、つまり変化球が来ると分かっていて、しかもある程度その球種が予想できるケースでどうなったかを調べてみた。それは58試合で1139球に達したが、データサイトの見解同様、効果が疑われる結果となっている。
まず。一番多いのがボールで475球。
では、次は?といえば、見逃しストライクの195球。見逃し三振の7球を加えると、見逃しストライクは200球を超える。ファウルの162球が続き、その次は凡打の138球。空振り三振の33球(ファウルチップによる三振2球を含む)と先ほどの見逃し三振7球を加えると、アウトが178球。そもそも空振りが63球もある。
ようやく次に出てくるのが安打(本塁打を除く)の50球。本塁打が7球なので全安打が57球ということになる。ボールを除いた全投球が664球なので、そのうちの57安打(約8.6%)は比率として多いのか、少ないのか。
ちなみに、MLBのBaseball Savantによると、昨年投じられた変化球の数は30万268球。ボールを除くと18万6043球。この内、安打は1万5994球なので約8.6%。割合としてはほぼ同じである。
それらを単純比較できるわけではないが、球種が分かっていれば、打者有利という定説の信頼性が、どうにも浮かんでこない。となると、発覚した場合のリスク、そこにつぎ込む労力などと照らし合わせると、まさに労多くして功少なし、ではないか。
もちろん、アストロズは17年のワールドシリーズを制覇しているのだから、究極の目的は達成しているのだが、関連性の証明が難しい。にもかかわらず後世まで、「インチキをして勝った」と語り継がれることになるのだから、やはり、割に合わない。
それにしても、音を頼りに打ちにいっているのだとしたら、イチローが昨年の引退会見で口にした「頭を使わない野球」の最たるものとも映る。技術の進化をいち早く採り入れ利用してきたアストロズだが、一方でそれは人を駄目にするともいわれる負の側面をも証明してしまっているかのようだ。