殿堂入りジーター氏、改めて知る偉大なスターの魅力
スポーツライター 杉浦大介
「これだけ多くの人の同意を得られるのは大変なことだ。(満票での選出は)頭にはなかった。選ばれただけでもとても興奮しているし、名誉に思うよ」
21日、今年の米国野球殿堂入りメンバーに選ばれたデレク・ジーター氏のそんな完璧な返答に、懐かしさとともに、安堵感を覚えたファン、メジャー関係者は多かったのかもしれない。
現役時代は通算3465安打を放ち、走攻守そろった遊撃手としてヤンキースの5度の「世界一」に大きく貢献したジーター氏。昨年のマリアノ・リベラ氏に続いて得票率100%での殿堂入りが有力視されたものの、結局は満票選出に1票足りなかった。メディアでは「397人の投票者の中でジーターに入れなかったのは誰か」と"犯人"探しが始まっているが、当の本人はどこ吹く風。紳士的な態度を崩さない姿からは、スーパースターの風格ばかりが漂った。
時を同じくして、今オフのメジャーはサイン盗み事件のスキャンダルに揺れている。電子機器を使って対戦相手のサインを盗み、伝達していた件で、2017年のワールドシリーズを制したアストロズの監督、ゼネラルマネジャー(GM)がすでに解任。18年にワールドチャンピオンになったレッドソックスの疑惑に関する米大リーグ機構(MLB)の調査も進んでおり、いつ完全収束するのかはわからない状況だ。
スター選手が薬物使用で摘発された「ステロイド時代」と同様、多くのファンを落胆させていることは間違いない。不穏な空気が来季以降のビジネスに影響することも予想され、MLBは危機を迎えているといってよい。しかし、そんな米球界に、ジーター氏は久々に明るいニュースを提供してくれた。
22日、今年度のもう一人の殿堂入りメンバーとなったラリー・ウォーカー氏とともにマンハッタンで行った記者会見でも、ジーター氏のスマートさは際立った。家族の見守る前で殿堂のユニホーム、帽子を初めてまとうと「似合っているかい?」と笑顔を見せた。
その後は現役時代からなじみの多くの地元記者の質問に答え、故ジョージ・スタインブレナー元オーナーを「シーズン162戦の中で1敗するのも我慢できなかった人」、元同僚のリベラ氏を「(オフシーズンには)数カ月も電話を取らなくなる男」とユーモラスに形容し、出席者をほほ笑ませた。会場は最後まで活気に満ちていて、そこに居合わせた報道陣、関係者は一時とはいえ嫌な話題を忘れることができた。
「適切な状況で適切な仕事ができる選手(Doing the right thing at the right time)」
打撃タイトルを獲得するような爆発的な力は持たなかったジーター氏だが、最大の才能はその機転、聡明(そうめい)さ、勝負強さだといわれてきた。米メディアの中枢でもあるニューヨークで20年という長い現役時代を過ごしながら、キャリアを通じてスキャンダルとは無縁。引退から5年が過ぎたが、メジャーが危機にひんしている時期の殿堂入りで再び脚光を浴び、そのタイミングの良さがファンの喜びを増幅させた。
ジーター氏がこれほど愛され、リスペクトされたのは、常にクリーンなイメージを保つ努力を続けてきたから。サイン盗み事件と殿堂入りの件を通じて、スーパースターの魅力を人々は改めて思い知らされたのではないだろうか。