米中「休戦」合意、中国側の本音は?
米国のトランプ大統領が言うところの今回の「歴史的合意」について、中国側の反応を注意深く見守ってきた。筆者が8年間にわたり中国の銀行のアドバイザリーを務めたときに構築した公的・私的ネットワークを通じて、中国側の本音も探った。最近の日中接近モードのなかで、会話の自由度も増している。
まず、総じて、抑えた歓迎論が目立つ。
「竜の目玉は小さい」。中国では写真のような祝賀式典で作り物のだるまならぬ竜に目玉を墨で入れるので、このような表現になる。
決裂=さらなる追加関税という最悪のシナリオは回避できた。第2段階が大統領選挙後までずれ込むのは必至。次期大統領が決まるまで待つ余裕を得た。米中通商協議も野球に例えればまだ1回表裏攻撃中のゲーム中断。もとよりハイテク産業への国家的支援などは絶対に譲れない。今回の合意文書も「精神条項」をあちこちに入れ込み、その解釈は自分たちの勝手。そもそも外交的な「合規」(コンプライアンス)意識は希薄な国だ。
政府系メディアに載る写真はトランプ大統領と劉鶴(リュウ・ハァ)副首相が合意文書を持ち並ぶ姿。これは中国としては、異例の組み合わせだ。「歴史的合意」ならばトランプ大統領と格落ちの自国代表が署名することなどあり得ない。中国側が本気であれば、習近平氏不在の署名式写真をメディアに流すはずもない。本音は、格落ちの自国代表で済ませたことで、してやったり、ということか。
課題の「米国製品の輸入を2年で2000億ドル増やす」という数値目標も、トップダウンで政治的判断により応じたとの解釈が語られる。エネルギー・工業製品・農畜産物などセクター別の需給動向までは詳細に検討されていないことは明らかだ。まずは購入プランの作成だが、その段階で、新たに設立される「仲裁機関」で議論が長引く可能性がある。
そこで筆者が思い出すのは、上海での金取引所トップに、コモディティー需給について「ご進講」を依頼されたときのことだ。相手の理事長は共産党への貢献度が高く、報奨人事で取引所に天下った人物。マーケット感覚はほとんど持ち合わせていない。「商品は生産者の売りで価格が下がるのだが」と語り出したところで、いきなり「待った」がかかった。「売りで下がって困るのならば売らせなければよいのではないか」。「売られれば下がる」「売らせなければ下がらない」。議論が堂々巡りで一向に進まなかった。
次元は異なるが、今回の米製品輸入問題にしても、需給を無視した官製の発想があればこそ「同床異夢」で合意に至ったのではないか。
むりやり米国製品を押し付けられても、そもそも「有効需要」が創出できるのかという疑問が現地の金融関係者の間では根強く、中国経済への危機感が共有されている。一例だが、国有の大手銀行は、過剰債務を抱えた地方政府が発行した地方債の引き受けを「指導」されている。一方で、不良債権問題の改善も「指示」されている。引き受けを渋る国有銀行に対しては、地方債を「適格担保」にするという「甘味剤」を提示されたとぼやく声も聞こえる。
「知的財産権の保護」や「外国技術の強制移転」問題に関しても、これを厳しく取り締まれば、今の中国経済では最も脆弱な中小企業の多くが行き詰まるのは明らかだ。「コピー商品」は「外国製品により発想を鼓舞(インスパイア)された商品」であり、「強制移転した外国技術」は「企業行動により獲得した技術」と考える風潮を変えることは容易ではない。
いっぽう、米中貿易協議に振り回されたニューヨーク(NY)市場では、とにかく「休戦」で「安堵相場」となり、株価は最高値を更新している。決算シーズンに入り、大手投資銀行のモルガン・スタンレーが絶好調の決算を出せば、一日で8%も株価が急騰する。台湾の半導体大手TSMCの好決算は半導体関連の買い物色を誘発する。米中貿易「休戦」合意文書の危うさが指摘されても、パウエル米連邦準備理事会(FRB)議長が緩和継続のお墨付きを与えているので、買いが先行する。
「中国に逆らってもFED(連邦準備制度)には逆らうな」
米中の認識ギャップは埋まりそうにない。
豊島&アソシエイツ代表。一橋大学経済学部卒(国際経済専攻)。三菱銀行(現・三菱UFJ銀行)入行後、スイス銀行にて国際金融業務に配属され外国為替貴金属ディーラー。チューリヒ、NYでの豊富な相場体験とヘッジファンド・欧米年金などの幅広いネットワークをもとに、独立系の立場から自由に分かりやすく経済市場動向を説く。株式・債券・外為・商品を総合的にカバー。日経マネー「豊島逸夫の世界経済の深層真理」を連載。
・ブルームバーグ情報提供社コードGLD(Toshima&Associates)
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