弾劾裁判と同時進行、米中通商「休戦」合意の実相
異様な「合意署名式セレモニー」であった。ほぼ同時進行で、議会では大統領弾劾訴追が議会下院から上院での裁判に移行という展開と巡り合わせとなった。トランプ大統領は30分以上にわたり、陣営の貢献者たちを一人一人紹介。さらに、同席した企業代表者たちも各社ごとに褒めたたえた。その間、壇上では中国代表団が立ちっぱなし。トランプ大統領が、ここぞとばかりに米中緊張緩和と通商交渉成果を選挙民にアピールする意図が透けた。
中国側も、国内向けに貿易戦争によるリストラなどの経済悪化を食い止める効果を誇示できる機会となった。香港、台湾問題で強硬な姿勢を貫き米国と真っ向から対立しており、習近平氏が同席せず副首相が祝辞代読のかたちで関与できたことも成果であろう。副首相の署名ゆえ、今後こじれた場合に責任回避も可能だ。
両国トップが、それぞれ大統領選挙と中国国内経済テコ入れを視野に動いた。同床異夢とも言えよう。
合意内容も「精神条項」が目立ち、既に中国側では実行済みの部分もあり、抜け道も目立つ。
最も具体的に数量化された中国の2年間で2000億ドルの輸入増額は、工業品、エネルギー、農畜産品の内訳まで記されたが、実質的には「努力目標」だ。購入スケジュールなど具体的見込みは不明である。知的財産権の保護と強制技術移転の問題については、従来より厳しい表現で規制強化が明記されたが、既に中国側は新たな「外商投資法」で厳格化に動いている。さらに19年5月に米中交渉が土壇場で決裂した理由が、中国側の大幅な法律改正が必要であったことの教訓も生きた。今回はそのような法的改正が不要とされる立てつけとなっている。
中国側が最も強く望んだ関税引き下げは、結局1200億ドル分につき15%から7.5%の引き下げだけに留まった。7.5%という数字は、中国側では「ついに関税引き下げを勝ち取った」と国内向けに実例として誇示できる。対して米国側は「この程度に抑えた」と言える妥協点であろう。
さらなる関税引き下げは、「第2段階合意の後」とトランプ氏は明言した。壇上の劉鶴(リュウ・ハァ)副首相を前に「劉氏はタフな交渉相手ゆえ、関税は今後も切り札として温存する」と言ってのけている。
履行検証については、仲裁機関を設立して、両国担当者が定期的に協議。違反があれば、今回の合意破棄、あるいは、追加関税発動のペナルティーを示した。「検証」という表現が使われなかったのが、米国のせめてもの思いやりか。中国側にしてみれば、コンプライアンスお目付け役が自宅の台所にまで入ってくるかのごとき抵抗感がある。実際に機能するにしても、合規(法令順守)意識の薄い国だ。仲裁件数は多く、協議期間も長引き、スムーズに機能するか疑問が残る。
それでも、マーケットは、少なくとも「売り材料」にはならないので、株価は最高値圏を維持した。結果的に、トランプ大統領は、「米中合意で株価新高値」と自慢できる。
ホワイトハウスの署名式前後にはダウ平均が70ドルほど下落した。それでも、結局90ドル高で引けている。
市場の注目は決算シーズンゆえ企業業績と1月の米連邦公開市場委員会(FOMC)にシフトしてきた。米経済チャンネルは、画面の半分で署名式中継を映しつつ、半分ではスタジオから音声つきで米国金融政策を延々論じる光景を流した。今の市場の断面図と言えよう。
豊島&アソシエイツ代表。一橋大学経済学部卒(国際経済専攻)。三菱銀行(現・三菱UFJ銀行)入行後、スイス銀行にて国際金融業務に配属され外国為替貴金属ディーラー。チューリヒ、NYでの豊富な相場体験とヘッジファンド・欧米年金などの幅広いネットワークをもとに、独立系の立場から自由に分かりやすく経済市場動向を説く。株式・債券・外為・商品を総合的にカバー。日経マネー「豊島逸夫の世界経済の深層真理」を連載。
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