米軍のイラン司令官殺害、揺らぐ根拠 説明に食い違い
【ワシントン=中村亮】米軍によるイラン司令官殺害の根拠が揺らいでいる。エスパー米国防長官は12日、トランプ大統領が殺害を正当化する根拠にあげた司令官による4つの米大使館攻撃計画を否定した。トランプ政権は殺害を自衛措置と位置づけるが、イランの脅威を示す明確な証拠を明示せず与党・共和党内にも政権の判断を批判する声があがる。乏しい殺害の根拠はイラクでの米軍撤収論に拍車をかける可能性もある。
「決定的な情報は見ていない」。エスパー氏は12日のCBSテレビのインタビューで、トランプ氏が主張したイラン革命防衛隊精鋭「コッズ部隊」のソレイマニ司令官による4つの米大使館攻撃計画を否定した。トランプ氏は司令官殺害で大使館攻撃などを防ぎ米国人の命を守ったと主張するが、計画自体の信ぴょう性が疑われ始めたことで殺害の正当性が揺らいでいる。
ポンペオ国務長官も9日、司令官による攻撃計画に関して「正確な時期や場所は分からない」と明らかにしていた。トランプ政権は当初から殺害の理由を「差し迫った脅威がある」と説明してきた。だが高官の説明は殺害の緊急性に疑念を生じさせ、イランとの全面戦争を招きかねない司令官殺害が正当な判断だったのか論争を呼ぶ。
野党・民主党は政権の判断を厳しく追及する。ペロシ下院議長は殺害に関し「イランとの対立に拍車をかけて米兵や外交官を危険にさらした」と非難。イランに対するトランプ氏の軍事行動を制限する決議案を下院本会議で可決させた。上院も同様の決議案を近く審議する予定だ。
共和党のマイク・リー上院議員は政権による殺害の経緯の説明に関し「少なくとも私の経験した軍事分野の説明では最悪のものだ」と痛烈に批判。米メディアによるとリー氏は議会承認を得ない限り、イラン攻撃に使う政府予算を凍結する法案に賛成する方針を示している。
イランとの軍事衝突の恐れはいったん後退したが、議会ではトランプ政権がイラク戦争の悪夢を繰り返すとの懸念がある。イラク戦争は外国での軍事介入に賛成するブッシュ(子)政権内の強硬派が主導し、客観的な情報の精査が不十分だったとの批判がある。ブッシュ政権はイラクが大量破壊兵器を保有すると主張したが結局は見つからず、戦争で多数の米兵の命が犠牲になり多額の戦費がかかった。
説得力に乏しい司令官殺害の根拠はイラク駐留米軍の行方にも影響する。米軍駐留の根拠の一つとなる米国とイラクが結んだ「戦略的枠組み合意」はイラクの領土・領空・領海を他国攻撃のために利用することを禁じている。米軍はイランのソレイマニ氏をイラクで殺害した。自衛措置との米国の主張が揺らげばイラク国内で合意違反との批判が強まるのは確実だ。イラク政府は米軍撤収に向けた協力を米政府にすでに要請している。
ロイター通信によると、イラクの首都バグダッドの北方にある米軍駐留基地に12日、8発のロケット弾が撃ち込まれてイラク軍兵士などの4人が負傷した。イランの支援を受ける武装勢力が実行した可能性がある。イランや親イラン武装勢力は米軍がイラク駐留を続ける限りロケット弾などによる攻撃を続けて緊張をあおり、イラク政府に米軍を撤収させるよう圧力をかけていく構えとみられる。
ポンペオ国務長官は12日、ツイッターでロケット弾攻撃について「怒りを感じた」と非難した。イラク政府に対して実行犯に責任を取らせるよう求めた。米国はイラクからイランの影響力を取り除きたい考えで、イラクでの米イランの駆け引きは今後も続く公算が大きい。
ドナルド・トランプ元アメリカ大統領に関する最新ニュースを紹介します。11月の米大統領選挙で共和党の候補者として、バイデン大統領と再び対決します。「もしトラ」の世界はどうなるのか、など解説します。