甘くないロンドン大の学位取得 学習習慣と努力必要
鈴木唯・武蔵大学教授
日本で学びながらロンドン大学の学位を取得できる武蔵大学の教育プログラムが初の修了者2人を出した。プログラムの責任者を務める鈴木唯教授は、ロンドン大の要求水準は想像以上に厳しく、学生にも教員にも試練だったと振り返る。
武蔵大学のパラレル・ディグリー・プログラム(PDP)は、武蔵大に通いながらロンドン大学の基礎教育プログラム(IFP)と専門教育プログラム(BSC)を履修し、武蔵大の学位とロンドン大の経済経営学士号の取得を目指す国際的プログラムである。授業後の試験は武蔵大とロンドン大が別々に実施。両校が独自の判断で学位を授与することで、それぞれが教育の質に対する責任を果たしている。
BSCは世界180カ国以上で5万4千人超が学ぶ世界共通のプログラムだ。武蔵大で実施する授業内容の管理やロンドン大の試験の出題・評価はロンドン・スクール・オブ・エコノミクス(LSE)が行っている。
武蔵大は日本で唯一、BSCの科目を提供する教育機関として認められており、このほどPDPの1期生2人が初めてロンドン大の学位取得要件を満たした。経済学分野で世界トップクラスと評価されるLSEが学術指導するロンドン大の学士号を複数名が取得するに至ったことは、大きな成果と受け止めている。
しかし、2015年9月にIFP履修を始めた1期生は19人いた。ロンドン大の厳しい要求水準をクリアするために学生と教員が共に苦闘した4年間でもあった。
特に厳しさを感じたのがカリキュラム構成だ。必修科目が多いうえ、プレリクイジットと呼ばれる履修前提科目がある。BSC1年目に数学や入門経済学(ともに必修)の単位を落とすと、2年目のマクロ経済学やミクロ経済学(同)を履修できず、ミクロ経済学かマクロ経済学を落とすと3年目の選択必修科目(国際経済学など)の履修が認められない。
当該科目の学習に必要な知識があることを履修の要件とするこの仕組みは、積み上げ方式により体系的に経済学を理解させる点で合理的で、私が博士号を取得した米国の大学でも当たり前だった。しかし日本では一般的ではない。日本の大学のカリキュラムに厳格に導入すれば、留年率や退学率が上昇するだろう。
エッセー問題を中心とする試験形式も試練となった。新入生の多くは回答選択式問題による入試に向けて重要な語句・用語を暗記する学習には慣れているが、この学習スタイルでは通用しない。
まず教科書だけでなく膨大な参考文献を読み、授業に臨むことが求められる。用語の定義を覚えることから始め、現実に観察される事象に関し、概念や理論の正確な理解に基づいてアカデミックにコメント・議論できる必要がある。こうした学習スタイルの転換は決して簡単ではなく、しかもすべて英語なので学生には相当な負担である。
PDPは少人数授業のため履修を希望する新入生から25~30人を選考しているが、選考方法も見直した。当初は「ロンドン大の語学基準を満たせる学生を」と英語力重視で選んだが、数学が不得手だと授業についていけない。3期生からは選考に際し数学の試験を課した結果、成績や単位取得率が大幅に改善した。1期生でIFP修了証を取得したのは5人だが、3期生は12人、4期生は18人と格段に増えた。
もっとも、数学力以上に重要なのは学習習慣とコミットメント(なし遂げようとする強い意志)だ。入学時点で多少学力があっても予習・復習を怠れば脱落していく。逆に継続して努力できる学生は見違えるように伸びる。大学の定員厳格化の影響もあり、PDP導入前に比べ高い学力と意欲を備えた新入生が増える傾向にあるが、そうした学生がPDPに挑むことで、さらに成長する好循環が生まれつつある。
教員にも強いプレッシャーがあった。大学教員は自ら講義内容を決め、試験やリポートの出題・評価も自分でするのが通常だ。しかしPDPの履修生にはロンドン大の試験が課される。武蔵大の教員にできるのは学生が理解を深められるよう良い授業を提供することだけである。その結果がロンドン大の試験の点数として表れるので、授業準備にも相当な労力と時間をかける必要があった。
PDPの売りの一つは日本で海外大の学位を取得できることだが、実際に留学したいとの希望を持つ学生も少なくない。
そこで17~18年からロンドン大のBSCを提供しているシンガポールの高等教育機関SIMと協定を結び1年間、SIMでロンドン大の科目を履修できる体制を整えた。19年にはLSEとも留学派遣に関する協定を結び、現在3期生1人が学んでいる。ロンドン大のBSCプログラムを実施する大学は多く、留学先を充実させていきたい。
PDP開始から4年がたち、学位取得者を出すとともにプログラムの運営経験も十分に積めた。武蔵大は22年度に「国際教養学部(仮称)」の開設を計画しており、新学部においてPDP履修生を現在の2倍程度に増やすことを検討している。経済・経営学の専門性に加え、高い語学力や教養も備えた真のグローバル人材の育成に向け、同学部の教育体制の充実を図る準備を進めている。
21世紀の課題を担う国際人を育てるという学園の方針の下、PDP履修生という「芯」となる層をより太いものとしていくことで、大学全体の国際化や声価向上の推進力となると信じている。
努力伴う学習、学位の価値生む
入学時の学力より、学習習慣と強い意志が学位の取得を左右するという鈴木教授の指摘は示唆に富む。大学入学後も挑戦心を持ち、本気で努力する学生を育てることが高校や大学教育の課題だろう。(中)