感性生かしたアドリブ野球 五輪「金」のカギに
編集委員 篠山正幸
米メジャー組の参加はまず見込めない五輪の野球。だからといって、すんなり勝てるとも限らないのは昨秋の国際大会「プレミア12」の内容をみてもわかる通りだ。地元開催の五輪で、日本が初の金メダルを手にするためのカギは何だろう。
プレミア12で韓国を破り、優勝した日本だが、1次ラウンドの初戦、ベネズエラ戦は七回まで2-4とリードされる苦しい展開だった。
ベンチの一手が、窮状を打開した。八回、四球で走者をためたところで、打順は1番、坂本勇人(巨人)に。ここで稲葉篤紀監督は代打、山田哲人(ヤクルト)を送った。
■空振りの仕方、立ち居振る舞いが…
稲葉監督自身認めるように、坂本勇の"原隊"である巨人ではほぼ「ありえない」交代だった。代打に起用された山田哲にしても、坂本勇の代打はきつい。そのプレッシャーは想像もできない。
その山田哲が四球を選ぶところから、一挙6点の逆転劇につながっていく。もし、この初戦でつまずいていたら、その後の戦いはどうなっていたかわからない。その意味では大会最大の難所だった、ともいえる場面だ。
この用兵に関する稲葉監督の思考過程はこうだった。「それまでの打席を見て、復調するきっかけというものが見つからなかった。勇人らしくなくて。空振りの仕方、彼の立ち居振る舞いを見て……」
坂本勇はこの試合、空振り三振、中飛、遊ゴロ失策、空振り三振という内容だった。
「空振りの仕方」には当然、技術的な要素が入っているが、立ち居振る舞いとはどういう意味か。こちらはなかなか感覚的な要素が入ってくる。稲葉監督にはここは代えた方がいい、という啓示のようなものがあったという。
もちろん、それはヤマ勘ではなかった。
「勇人とは(日本代表の)コーチ時代から、ずっと関わってきて、今シーズンもずっとみてきた」といい、坂本勇のいいときも悪いときも知っている。すべてを踏まえたうえで、あの場面では「次には打てるというものを感じなかった」のだそうだ。
この一場面に、金メダルのために必要なものが、集約されているといえないだろうか。つまり、感性。一つの負けが致命傷になる短期決戦で、同じ場面は二度と来ず、予行演習もない。一回限りの勝負のなかでモノをいうのは、一瞬、一瞬の判断、つまり機転、アドリブということになってくる。ベネズエラ戦の代打策はアドリブの粋といっていいものだった。
監督の心中には様々な理屈も計算もあっただろうが、アドリブ采配の対外的な説明となると「そんな気がした」という、雲をつかむような話にならざるを得ない。
だが、監督というものはそれでいいのだと思う。誰もが考えつくような定石通りにやるのでは、誰にでも監督は務まる。他人にはできない判断ができてこその監督ではないか。
■豊富な経験が直感磨き、信念を育む
ほぼ未知の選手と対戦し、サドンデスの戦いとなる五輪の舞台において、最後は選手も感性勝負、となるだろう。
プレミア12の場面から引くと、決勝の韓国戦での山田哲の逆転3ランが挙げられる。1-3とリードされた二回2死一、二塁、粘った末の8球目をとらえた一発には「最後は直球で来る」という直感があったようだ。
「哲人(山田)も、いろんな球種についていった中で、まっすぐだとピンときたらしいんですよ」(稲葉監督)。山田哲の豊富な経験が、やはり直感のベースになっていたようだ。
勝負強さとは何か、それはどこから生まれるのか、というスポーツにおける永遠のテーマを探るうえでのヒントも、ここにありそうだ。
稲葉監督自身、大事な舞台で勝負強さを発揮してきた人。中でも特筆されるのが、平成の名勝負ともなっている2006年のパ・リーグ優勝をかけたプレーオフ第2ステージでの決勝打だ。
ほぼ完璧に抑えられていたソフトバンク・斉藤和巳のフォークボールをとらえて、サヨナラの二塁内野安打とした。
あそこでフォークに絞ることができたわけは?
「経験だと思う。あとはどれだけ考えてやってきたか。(ヤクルト時代の)野村監督(克也氏)のときから、配球を勉強させてもらって、そういう経験から、ここはフォークと思った」と振り返る。
強い感性を持つことが大前提だが、その感性から導かれた"回答"を疑うことなく、従うことができるかどうか。これは信念という問題にもなってくる。自分を信じ切るという力を育むのにもまた、失敗を含む過去の経験が大きくあずかっているのは当然だろう。
経験の蓄積に裏付けられた稲葉監督の"即興演奏"。この監督のもとに集う選手も、感性の塊のような面々、ということになるはずだ。メジャー移籍を断念した結果、代表入りも見えてきた菊池涼介(広島)も、感性を生かして守備位置を決める感覚派の代表格。
彼ら、感性の人の集団が、アドリブを利かせながら局面を打開していくところに、金メダルはみえてくるだろう。