ゴーン元会長にも誤算、突然の中東波乱
プライベートジェットを使い国外逃亡を敢行したゴーン元会長にしてみれば、駆け込み寺が火事になったごとき成り行きである。
レバノン国内では英雄視されているが、同国の弁護士グループがイスラエルに入国した罪で同氏を告発。最長で禁錮15年の可能性と欧米メディアで報道されていた。その直後に降って湧いたような中東騒乱劇。レバノン国内では反イスラエル感情が高まるは必至の情勢だ。ゴーン元会長に対する見方も冷ややかになり、人気も萎える可能性がある。
いっぽう、欧米市場の反応は、株安、原油高、円高ともに、思ったほど進行していない。この「事件」の影響が大きすぎて、すぐには消化できない、というのが本音だろう。当面は、アルゴリズムが過激な見出しに反応して超短期売買を発動することによる乱高下とみられる。
冷静にみれば、現在の中東情勢は三方一両「得」と捉えることもできる。トランプ氏は大統領選挙を控え、戦争は避けたいところだ。若き米国軍人が戦火に巻き込まれる画像など好感されるはずもない。中国たたきは票稼ぎになるが、イランをたたいても米国内の分断をあらわにするだけだ。せいぜい、弾劾問題から国民の目をそらす程度しか期待できまい。イラン司令官殺害で過去の米国人犠牲者の敵を討ったことが「イタチの最後のなんとやら」。これ以上の中東関与まで余裕がない状況で、今や世界最大の原油生産国としては中東依存度も低下している。長期的には格好の中東離れの機会となり得る。
対するイランも、報復が声高に叫ばれるが、経済制裁で同国経済が極度に疲弊している状況で、本格戦争は望んでいない。米国がこれを機に中東から離れていけば本音は安堵であろう。
そして、イラクも米軍駐在を歓迎していない。米国が去ればイランの属国化する可能性はあるが、嫌米感情のほうが勝る。
三者三様に思惑が入り乱れるが、三方一両「得」のごとき展開だ。中東地域が外交地図上では真空地帯になることで、勝者は過激派組織「イスラム国」(IS)となりかねない。米軍なきイラクはIS復活の温床になる可能性がある。
なお、ロシア、中国は厳しい口調で非難するが、言葉だけで、武器供与など本格支援をする気はサラサラ無さそうだ。深入りせず、冷ややかに傍観する姿勢が透ける。そもそも歴史的にみても、領土紛争などを経て、決して「仲良し」ではない。イランを孤立させ疲弊させる長期戦略で、10年後には中東で支配的地位を固めることが国益にかなうのではないか。
ホルムズ海峡も、イランにとって原油輸出の要衝だ。同海峡封鎖懸念で原油高が続く市況が原油生産国としては好ましいとも言えよう。イラン国民の家計はひっ迫しており、イスラム圏特有の強い愛国心が試される状況でもある。
注目のイラン側からの報復措置については、金融システムなどインフラ狙いのサイバー攻撃が最も現実的であろう。しかし、ロシアや中国に比し、イランのサイバー攻撃能力は劣る。世界的な金融不安を引き起こすほどのサイバー攻撃に、ロシアや中国が本格加担するシナリオも既述の理由で考えにくい。
なお、金価格が「有事の金買い」で急騰。1550ドルの心理的水準を試している。勢いで1600ドル程度まで続騰の可能性はあるが、有事の金のドカ買いは悪魔の選択である。イラク戦争後には金価格が急落して、煽られた個人投資家たちがはしごを外された事例もある。プロの視点では、有事の金買いは長続きしない。むしろ利益確定売りの機会となりがちだ。筆者もチューリヒのトレーディングルームで最初にたたきこまれたことが「噂で買ってニュースで売れ」ということであった。友人の著名投資家ジム・ロジャーズ氏も、金は「輝きが失せた」と言われるときが買いと常に述べ、有言実行している。
人工知能(AI)の短期モメンタム(勢い)買いに惑わされない、冷静な対応が望まれる。
豊島&アソシエイツ代表。一橋大学経済学部卒(国際経済専攻)。三菱銀行(現・三菱UFJ銀行)入行後、スイス銀行にて国際金融業務に配属され外国為替貴金属ディーラー。チューリヒ、NYでの豊富な相場体験とヘッジファンド・欧米年金などの幅広いネットワークをもとに、独立系の立場から自由に分かりやすく経済市場動向を説く。株式・債券・外為・商品を総合的にカバー。日経マネー「豊島逸夫の世界経済の深層真理」を連載。
・ブルームバーグ情報提供社コードGLD(Toshima&Associates)
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