ナイキ、大リーグと契約 ロゴ入りユニホームに衝撃
スポーツライター 丹羽政善
買い物をしようと、ナイキの直営店「ナイキタウン」を訪れたその人は、店に入って商品を見ていると、突然、店員から声をかけられた。
「○○さんですか?」
「そうです」とうなずくと、相手がにっこり笑う。
「△△さんから伺っています。ご自由に商品をお選びください」
店員が口にした人とは、数日前に食事をした。その時、次の日曜日にナイキタウンへ買い物に行く、という予定も話した。しかし、どういうことかのみ込めない。
何点か商品を選んでレジへ持っていくと、店員は手際良く盗難防止用のタグを外し、機械でバーコードを読み取り、袋に詰めていく。そこで財布を取り出してお金を払おうとすると、それを店員が制した。
「△△さんからのプレゼントだそうです」
■球団以外のロゴ、初めてユニホームに
粋な計らいは、とあるナイキアスリートによるもの。契約内容にもよるが、多くのナイキアスリートには、年間にいくらまでナイキタウンで買い物ができる、という特典が与えられている。それは自分だけでなく、家族や友人にギフトとして利用することもできる。
今回、そのナイキアスリートは、サプライズとして使った。もらった側は、あぜんとしてしまったのだから、思惑通りだった。
ただ、そのナイキアスリートは後日、「こういうことも、もうできないかもしれないな」と寂しげな表情を見せた。「聞いただろ? ナイキがユニホームの正面にロゴを入れることになったことは」
ナイキが今年から大リーグのユニホームを提供することが明らかになったのは昨年1月のこと。そして12月、契約総額が、10年で10億ドル(約1080億円)であると報じられた。ただ、多くが驚いたのは、額の大きさではない。今回の契約に伴い、大リーグでは初めて球団以外のロゴが、ユニホームの正面に入ることになったという事実である。
昨年12月18日、ヤンキースが新しく契約したゲリット・コールの入団会見を開いたとき、コールが袖を通した真新しいピンストライプのユニホームの右胸に、ナイキのロゴが入っていた。
これは二重の意味で、衝撃をもたらしている。
昨年までユニホームを提供していたマジェスティック社のロゴもユニホームに入っていたが、それは袖だった。また、ヤンキースに関しては例外が認められ、必ずしもロゴを入れなくてもいい、ということになっていた。そもそもヤンキースのユニホームの背中には選手名も入っていない。それが伝統であり、マジェスティック社もそうした歴史を尊重していたのだ。今回、ユニホームの正面にロゴが入っていただけでもニュースとなったわけだが、ヤンキースも例外ではない、という事実に、驚きが広がった。
大リーグ機構としては、若いファン層に人気のあるナイキのロゴが入ることで売り上げにつながる、ひいては、若い世代の野球の人気回復につなげたい、という思いもあるようだ。だが、大リーグ人気を下支えしているのは年配の保守的なファンであり、彼らはどう受け止めるのか。
■広告塔の役目終了、多くが契約終了も
では、ナイキアスリートにどんな影響をもたらすかだが、こんな見方がある。「ナイキアスリートの多くは、契約解除となるかもしれない」
これまで選手らは、スパイクを履き、ユニホームの第1ボタンを外して、アンダーシャツの首元にあるロゴを見せ、ナイキの広告塔としての役割を果たしてきたが、これからはユニホームの右胸にロゴが入る。しかも、全選手のユニホームに。露出としてこれ以上の形はない。結果として500人を超えるといわれる契約選手らの多くは、もはやその役目を終えるのでは、というわけだ。
先ほどのナイキアスリートも「みんなそんな話をしている」とそのことを否定しなかった。「まだ、どうなるかわからないけれど、自分の契約は今年いっぱい。次を探すことを考えなければいけないかもしれない」
実際、そういう流れになるのか。2015年、ナイキは米プロバスケットボールNBAと8年総額10億ドルの契約を結んだ。17~18年シーズンからユニホームを供給し、正面にロゴを入れるという内容だ。結果、何が起きたか。
実は17年まで、全体の1位でドラフト指名された選手は、一部の例外を除いて、ナイキかアディダスと契約していた。資金力のある2大ブランドが有望選手を巡って争えば、もはやその他のメーカーにはチャンスがなかった。
ところが、18年にいの一番で指名されたディアンドレ・エイトン(サンズ)はプーマと契約。その年、全体の2番目に指名されたマービン・バグリー3世(キングス)もプーマを選んだ。そのことは当時、ニューヨーク・タイムズ紙でさえ報じている。
また18年11月に、16、17年と連続でオールスターに選ばれ、NBAでも屈指のオールラウンダーといわれるカワイ・レナード(クリッパーズ)がニューバランスと長期契約を交わし、そのことも驚きとともに伝えられた。同時期、セブンティシクサーズのビッグマン、ジョエル・エンビードが15年と16年にシーズンMVPを受賞したステフィン・カリー(ウォリアーズ)と同じアンダーアーマーと契約し、このことも潮目の変化をうかがわせている。
それでもまだ、NBAには圧倒的にナイキの契約選手が多く、今季も60%以上のNBA選手がナイキを履いているわけだが、14年に比べると、わずかながらその率が下がっている。
経費を削減する、というより、広告のあり方を見直した結果だろうが、であればなおさら、選手を使った広告形態にも変化が訪れるかもしれない。
前出のナイキアスリートは、「これも時代の変化の一つ」と指摘する。「選手には商品開発にアイデアを出したり、もっとメーカーとの関わりを深めたりするような努力が、求められるかもしれない」
一方でファンはその時代の変化についていけるかどうか。比較的すんなり受け入れられたバスケットとはファン層が違うだけに、異なる反応があるかもしれない。