「会社、個人ベースの組織に転換を」アメージャン氏
企業と労働者の関係性が変わりつつある。人工知能(AI)の普及で労働市場の激変が予想され、雇用関係に縛られない労働者も増えている。スウェーデン出身で三菱重工業や住友電気工業など多数の日本企業で社外取締役を兼任する、一橋大のクリスティーナ・アメージャン教授に新たな労働者のあり方を聞いた。
「AIや自動化はビジネスチャンス」
――資本主義の問題点をどう考えますか。
「格差の拡大とそれに伴うポピュリズム(大衆迎合主義)の台頭が指摘されている。米国や日本の高度成長期には大きな格差はなかったが、プラットフォーマーと呼ばれる巨大IT(情報技術)企業の登場で産業構造や競争原理が変わり、格差は拡大している」
――AIや自動化によって様々な仕事が奪われて格差が拡大する懸念もあります。
「日本のように労働力が少なくなる国では良いビジネスチャンスになるのではないか。単純労働を自動化し、付加価値のある仕事を考え出していけばいい」
「グローバルでの影響をどう評価するかは学識者の間でも決着がついていない。近年の世界経済フォーラム年次総会(ダボス会議)の大きなテーマの一つになっている」
――ネットを通じて単発で仕事を請け負う「ギグワーカー」など雇用関係によらない労働者も増えています。
「今後も増加する可能性はあるが、先行きは見えない。ギグワーカーが安心して働ける環境が整っていないからだ。現在は一度ギグワーカーになってしまうと、正規雇用には戻りにくく、キャリアパスを自由に選択できない。また(労災や雇用保険など)社会保障が整っていないため、ギグワーカーの活用によって固定費が削減できるメリットが企業にあるとしても、倫理的な問題が残る」
「1、2年先を見通し、学び続けてこそ」
――個人の能力を高めるための生涯教育が重要になります。
「労働者が学びを続ける必要性は増している。重要なのは市場への対応力と柔軟性だ。要素技術がものすごいスピードで変遷する中で、個人も企業も市場が求める人材の変化を見極め、新しい学びを実践していかなければならない。5~10年後の予想は無理でも、1~2年先を見通せる力が必要だろう」
「政府によるトレーニングプログラムもセーフティーネットの構築のためには重要だが、どうしてもトレンドから遅れてしまう」
――労働者個人の「知性」が資本として重要度を増すと、会社組織はどう変わっていきますか。
「米グーグルやマイクロソフト、スイスのネスレなど先進的企業は既に個人ベースの組織形態に変貌している。個人の成果に直結した給与体系や目標設定、キャリアパスが浸透している」
「日本企業の多くはまだ変化が見えない。生産性の低い人も高い人も皆同じ賃金体系だ。このままでは海外で競争できる個人は育たないだろう」
記者はこう見る「生涯教育、重要性増す」 寺岡篤志
やるべき仕事は目の前にあるし、暇があればもっと子供と遊びたい。しかし、同僚も条件は同じだ。やらない理由を探すのか、やらなければいけない理由を探すのか、それだけで働き方は大きく変わる。
アメージャン教授が提唱するように、要素技術の変化が早まる昨今、労働者にとって生涯教育の重要性は増している。そんな状況で自分のような後ろ向きな考え方は褒められたものではないが、果たして少数派であろうかとも疑問に思う。
人工知能(AI)の普及が進む中でも仕事を確保するため、あるいは所属企業が生産性を高めて生き残っていくために生涯教育が必須となるならば、労働者の自発的な学びだけに頼らず、官民も巻き込んだセーフティーネットの枠組みとして生涯教育を考える必要があるのかもしれない。
国際労働機関(ILO)は今年の年次総会で、労働者個人だけでなく、官民と連携した生涯教育のあり方について議論する。自分のような労働者の背中を押して、やらない理由を「探させない」ような枠組みになるのか注目したい。
「逆境の資本主義」 1月1日連載スタート
日本経済新聞は1月1日、連載企画「逆境の資本主義」を始めます。資本主義の歴史を振り返りつつ、その未来を考えます。様々な課題に直面する資本主義の処方箋を探るべく、取材班は世界各地に足を運びました。専門家へのインタビューや豊富なデータ、現場の映像を交えて、資本主義の行方を探っていきます。
▼連載開始に先行してインタビュー記事を公開しています。