手術早めた運命の1週間 ウッズ、再び復活軌道に
編集委員 串田孝義
虎の目にも涙、だった。15日まで行われた男子ゴルフの米国選抜と世界選抜(欧州を除く)の団体対抗戦、プレジデンツカップで米国チームを43歳の史上最年少の主将としても選手としてもけん引したタイガー・ウッズ(米国)。21年前に米国が唯一の敗北を喫した場所、オーストラリアのロイヤルメルボルンGCで、世界選抜に2ポイントのリードを許して迎えた最終日、「世界で最も偉大なプレーヤーであるわがキャプテンを負けさせるわけにはいかない」と、チーム一丸となった米国がみごとな逆転劇を演じた。
「勝った時はよく泣いているからね」。勝利の涙を珍しいことじゃない、と強がってみせたウッズ。だが選手兼任の主将という重責を果たした安堵と、「(自分を除く)11人の選手を信じていた」という仲間の頑張りに対する感動と。涙の持つ意味は実に味わい深いものに思える。
4月の14年ぶりのマスターズ・トーナメント制覇で復活を高らかに宣言したかにみえた2019年。その後、手術を引き延ばしてきた左膝の状態が悪化、メジャー大会の成績もぱっとせず、試合出場もままならなくなって復活には黄信号がともった。
ところが8月に膝を手術すると、手術後の復帰戦となったZOZOチャンピオンシップ(千葉県アコーディア習志野CC)で初日から首位を走り続ける完全優勝。米ツアーの歴史的な大記録、サム・スニードの通算82勝に並んだ。そして今年最後のプレーとなったプレジデンツカップ。プレーイングマネジャーとして米国チームを勝利に導く大仕事をやってのけた。ZOZO優勝後、自身の40代のこれからを「未来が明るい」と語った言葉をそのまま体現する活躍だった。
ウッズはチームの先頭に立って戦場に乗り込んだ。メジャー大会で練習ラウンドをともにするなど普段から仲の良いジャスティン・トーマスを従えての初日は第1組で登場し、白星をもぎとると、2日目は好調ぶりがうかがえた松山英樹、安秉勲(韓国)組を最終18番ホールのバーディーで打ち破るなど、初日から勢いづいて先行する世界選抜を逃がさないようにポイントを稼いだ。
全員が1対1で対決する最終日も先陣を切って登場、これまで無敗のアブラハム・アンサー(メキシコ)に土をつけて逆転勝利へののろしを上げた。今大会無敗の3勝。プレジデンツカップ通算27勝は大会最多勝記録を更新した。
日本初開催の米ツアー、ZOZO制覇で、崩れかかった復活シナリオを修正したウッズ。それは8月の左膝の軟骨損傷の手術を予定より1週間早く終えたことが奏功したといえよう。というのも昨季(18~19年シーズン)のプレーオフ最終戦、ツアー選手権にウッズは残れなかった。負けたおかげというのも変な話だが、本来は全日程を終えてすぐに手術に踏み切るはずが、1週間早めたことで、10月に来日した当時のウッズはその分リハビリをこなし、回復も進んでいた。
「もともとは18年末にする予定だったのを引き延ばしていたが(5度目となる今回の)手術前には歩くことさえ難しくなっていた。パットでかがむことができず、膝の痛みが腰にも及んでスイングにも影響が出ていた。それが今はすべての動きをフルスピードでできている」
まさに運命の1週間。これがなければ、ZOZO優勝も難しかったであろうし、ZOZO完勝があったからこそ、プレジデンツカップでの主将「選手オレ」という大役を果たす自信の裏付けとなったに違いない。完全復活といっていい19年を終え、20年のウッズはどこを向いて行くのか。
メジャー初戦となる4月のマスターズでは連覇がかかり、メジャー第3戦の全米オープン(米ニューヨーク州)終了後の世界ランクで米国の4番手内につけると東京五輪ゴルフ(埼玉県霞ケ関CC)の出場権を獲得する。激戦の米国代表争いをくぐり抜けるのに一試合たりとも無駄にはできない。10月には「国を代表するというのは名誉なこと」とは言いつつも、「五輪のスケジュールを実はよく知らないんだ」と語っていたウッズ。来年の試合予定はもうできあがっているはずだがはたして。