米中合意相場、2020年への教訓
トランプ米大統領は、拳を振り上げ市場を威嚇したが、最後はその拳を振り下ろし、米株価を最高値圏にとどめた。
「12月15日には第4弾の対中追加関税を発動する」との威嚇は効いた。
特に、対象がパソコン、スマホ、玩具など消費財中心ゆえ米国の国内総生産(GDP)の7割程度を占める個人消費への影響が懸念された。
冷静に見れば、大統領選挙を視野に米国の選挙民が直接の痛みを感じる政策は実行の本気度が疑われた。しかし、市場としては無視もできない。
この不透明性を利用してマーケットで暴れたのが高速取引を駆使して超短期売買を繰り返すヘッジファンドだった。
外電、米経済紙などが矢継ぎ早に繰り出す、米中貿易交渉関連の「観測記事」と「見出し」にアルゴリズムが逐一反応。株価のボラティリティー(予想変動率)は激しく動いた。トランプ氏が「交渉はうまく行っている」と数行のツイートをしただけでダウ工業株30種平均が瞬間的に300ドル超急騰した後、じり安に転じる局面もあった。結果的にはトランプ氏に操られた、と言っても過言ではあるまい。
結局、2019年9月に発動された1200億ドル分の輸入に対する関税を7.5%に引き下げたことだけが関税面での実質的成果であった。
しかも、合意内容の具体的内容はいまだ明らかになっていない。特に、中国側の米農産物輸入額は具体的に明示されていない。米国側の「腹積もり」として400億ドルから500億ドルの数字が市場を独り歩きしている。その内容は、貿易戦争前の購入額が240億ドル、今回増量分が160億ドル、「努力目標」として50億~100億ドルの上乗せ、計500億ドル程度との「見積もり」が市場には流れる。
さらに、重要な検証方法も不明だ。知的財産権保護、中国市場開放についてはほとんど「精神条項」にすぎない可能性がある。来年早々とされる合意文書を見るまでは、マーケットも安堵できない。
署名式も当初予定されたトップ級ではなく閣僚級で行われる見通しとなった。香港・ウイグル族の人権問題で両国が厳しく対立するなかで、両首脳がにこやかに握手するような場面は想定しにくい。
結局、米中合意発表後のNY(ニューヨーク)の株価が小動きで終わったことが、揺れる市場心理を映す。
ヘッジファンドの間では「(米中合意の)噂で買って、ニュースで売る」動きも見られた。
実態は「停戦で越年」に近いが、トランプ陣営は「歴史的前進」と自画自賛する。
今回のような「米中貿易交渉劇」は2020年も繰り返されよう。トランプ大統領も自ら「次は第2段階」と明言している。
最新支持率動向により、対中強硬・軟化と目まぐるしく態度が変わり、気性の激しい大統領は、そのたびに刺激的なツイートを書き込み、外電に流れる観測記事の見出しにプログラム売買が反応する。2020年も企業業績とは異次元の世界で株価が形成されそうだ。
豊島&アソシエイツ代表。一橋大学経済学部卒(国際経済専攻)。三菱銀行(現・三菱UFJ銀行)入行後、スイス銀行にて国際金融業務に配属され外国為替貴金属ディーラー。チューリヒ、NYでの豊富な相場体験とヘッジファンド・欧米年金などの幅広いネットワークをもとに、独立系の立場から自由に分かりやすく経済市場動向を説く。株式・債券・外為・商品を総合的にカバー。日経マネー「豊島逸夫の世界経済の深層真理」を連載。
・ブルームバーグ情報提供社コードGLD(Toshima&Associates)
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・業務窓口はitsuo.toshima@toshimajibu.org