ヤンキースの「白鯨」 9年350億円、先発4枚看板整う
スポーツライター 杉浦大介
「君は私たちにとっての"白鯨"なんだ」
ゲリット・コール投手の獲得交渉の際、ヤンキースのブライアン・キャッシュマン・ゼネラルマネジャー(GM)はコール本人にそう告げたという。エイハブ船長が巨大なモビー・ディック(白鯨)を執拗に追いかけた名作小説に例えたくらいだから、ヤンキースがどれだけこの投手の獲得を熱望していたかが伝わってくる。
サンディエゴで開催された米大リーグのウインターミーティング中の10日、ヤンキースがコールと契約合意に達したと報道された。契約内容は9年総額3億2400万ドル(約354億円)で、年俸は1年平均で3600万ドル。9日にナショナルズがスティーブン・ストラスバーグと7年総額2億4500万ドルで契約したばかりだが、それを総額で7900万ドルも上回り、「投手史上最高額」をたった1日で大幅に塗り替えたことになる。
今季のコールは時速100マイル(約161キロ)前後の速球と切れ味抜群の変化球を武器に20勝5敗をマーク。防御率2.50と奪三振326はリーグ1位という見事な成績を収めた。特に5月27日以降の22試合で残した16勝0敗、防御率1.78というとてつもない数字が示す通り、「2019年に最も支配的だったピッチャー」は紛れもなく、この右腕だった。年齢的にも29歳と脂が乗っている。アストロズからFAとなり、今オフの移籍市場の最大の目玉とされていた。
近年のヤンキースは選手獲得で派手な散財を避け、自前の選手育成に重点を置いていた印象もある。だが、09年を最後に10年間も「世界一」から遠ざかり、とりわけその間に3度あったプレーオフでのアストロズ戦ですべて敗れていることから、業を煮やしたのかもしれない。今季もアストロズのワールドシリーズ進出に大きく貢献したコールを獲得し、これで難敵を乗り越える準備を整えたと言ってよい。
来季のヤンキースの先発ローテーションは昨季19勝のルイス・セベリーノ、6年連続2桁勝利の田中将大、今季15勝のジェームズ・パクストン、コールという4枚看板となり、一気に層が厚くなった。アーロン・ジャッジ、ジャンカルロ・スタントンらが引っ張る打線、アロルディス・チャップマン、ザック・ブリットンらを擁するブルペンも強力。キャッシュマンGMは「世界一になるために最大限の努力をした」と述べたが、実際にこのメンバーであれば来季はワールドシリーズ優勝の大本命と目されるはずだ。
コールはもともとヤンキースファンながら、08年ドラフトの1巡目全体28位でヤンキースから指名された際には入団拒否して大学に進学した経緯がある。また、一昨年にもヤンキースはシーズン中に獲得を目指したが、コールが属していたパイレーツはトレードのパートナーにアストロズを選択した。そういったヒストリーを考えれば、キャッシュマンGMがコールを「白鯨」と呼んだのも理解できるところではある。
こうしてついに手にいれた12年越しの恋人は、ヤンキースにとって待望の"最後のピース"になるのか。3億ドル超の巨費が投じられた右腕への期待は大きい。お膝元のニューヨークのみならず、20年のメジャーで最大級の注目投手になることはすでに確実だ。