苦境アパレルあえて国内生産 デジタル融合、輸出に商機
海外生産が主流のアパレル業界で、あえて国内で生産する動きが出てきた。オンワードホールディングス(HD)はデジタル技術と熟練工を融合した新工場を稼働させ、三陽商会は人の技にこだわる。両社の足元の業績は低迷するが、攻めの国内シフトで苦境を脱しようとしている。
年末商戦まっただ中の東京・銀座。公務員などの冬のボーナスも出て買い物客が増えるなか、アパレル店「TOCCA STORE銀座店」(東京・中央)には今では珍しいオンワードの純国産の商品が並ぶ。
「外国人の方から『日本製はどれですか』とよく聞かれる。特に中国の方は日本製を気にしている」。同店の両羽真帆さんはこう語る。ワンピースではウエストから裾にかけて4本、生地を重ね合わせて縫うラインが入っており、動くたびに裾がきれいに揺れる。日本の熟練工の技だ。
国内の衣料品の輸入比率は約98%に達し、人件費の安い海外生産が増えている。このなか、オンワードは国産の道を選んだ。
佐賀空港から車で西へ約1時間。畑が広がる田園地帯に真新しい工場が見えてくる。白の外観にオンワードのロゴと「SAGA」という大きな文字が目立つ。同社が10月に約10億円を投じて新設した工場の「カシヤマ サガ」(佐賀県武雄市)だ。
新工場の特徴はデジタル技術と熟練工の技の融合だ。デジタル技術で周辺作業の効率を高め、縫製は熟練工が手作業で担い高品質を保つ。
■オンワード、生産効率化の新工場
工場に入ると、まず目に入るのが最新の大きな裁断機だ。島精機製作所のCAD/CAM(コンピューターによる設計・製造)対応機を2台導入した。オンワードの東京の本部からデザインなどのデータを佐賀工場に送ると、袖部分などのスーツの生地パーツを自動で裁断する。裁断するために生地に下書きをしたり型紙を押し付けたりする人の手の作業がなくなる。スーツの場合、約10分で約40のパーツを裁断できるという。
ミシンもデジタル化した。1つの工程が終わるとデータを入力し、ラインごとの進捗状況がタブレット端末で一目で分かる。生産ラインの問題点を検知し、効率を高めている。
新工場を支えるもうひとつの柱が約75人の熟練工だ。婦人服だけでもワンピースやコートなどアイテム数は多く、縫製するミシンも異なる。デジタル技術を取り入れた工場は海外でも展開できる。だが縫製を担う職人の技術力がなければ、全体の作業効率は落ち高品質も保てない。佐賀の工場では熟練工が1つのミシンを使い終わると、ほかのミシンに移り複数の商品を生産する。
海外工場では1人の職人が縫製のなかの1つの工程を担い大量生産するのが主流だ。オンワードは中国にも工場がある。コストは単純比較できないが、工賃ベースでは佐賀の半分程度という。
■工場から顧客に直送検討
国内に工場を自社で持つリスクは大きい。では、今なぜ国内生産なのか。2つのビジネスの鉱脈を探る。
1つは輸出だ。中国や米国では日本製アパレルの愛用者が増えている。訪日外国人の中には日本の高度な縫製技術を求めて、純国産の衣料品を買い求める客も多い。佐賀の新工場の近くには貿易港がある。オンワードHDの保元道宣社長は中国など海外に「メード・イン・ジャパンのブランドの付加価値をつけて輸出する」と話す。
もう一つは工場から国内の顧客宅への直送だ。例えばオンワードが20年から生産を計画するオーダーメードスーツ。他社は3~4週間かかるなか、オンワードでは約1週間で顧客の自宅に届く。工場から直送すれば、顧客の満足度向上につながりリピーターが増える可能性がある。
■三陽商会、国内に縫製技術残す
オンワードがデジタル技術と熟練工を融合するのに対し、徹底的に人の技にこだわるのが三陽商会だ。
19年秋冬の新ブランド「サンヨーソーイング デザインド バイ トキト」では、ひときわ手のこんだコートやジャケットがある。子会社のサンヨーソーイング(青森県七戸町)の職人が19年夏から手掛けた。
「技術力が求められるコートはこれからも職人技が不可欠」。和田秀一工場長はこう強調する。同社には職人が並び黙々と作業をこなす昔ながらの縫製工場の雰囲気が残る。平均勤続年数19年の職人ら115人がコートを年3万6000着生産し、国内外の著名ブランドも縫製を委託する。
コート専用工場は国内では数少なくなったが、この希少性が商機となる。新商品の価格は12万~18万円と高いにもかかわらず、「ビームス プラス」など国内外のセレクトショップが販売を決めた。オンワードのコートの価格も主力ブランドに比べ1万~2万円高い商品が多い。
競争環境の厳しさが増す国内のアパレル業界では自社で工場を持つのはリスクが大きく、外部委託する傾向が高まっている。この影響で国内の縫製工場の廃業が相次ぐ。オンワードと三陽商会は自ら縫製技術を守るために国内で生産する狙いもある。
■競争環境は厳しさ増す
ただオンワードと三陽商会を巡る環境は厳しさを増す。消費者がコートなど衣料品などに使うお金は日本で減少傾向が続く。総務省の家計調査によると、「被服及び履物」の18年の消費支出額は約11万4000円と、08年に比べ約2割減った。「ユニクロ」などカジュアルファッションだけでなく、「ゾゾタウン」などのネット勢、個人同士で洋服を売買する「メルカリ」の存在感が一段と高まっている。ネット勢の台頭などで百貨店も苦戦。この影響で百貨店向けが中心業態だったオンワードは国内外の約2割にあたる600店の閉鎖を決めた。
衣料品のネット通販市場は拡大の余地がある。この分野ではZホールディングス(旧ヤフー)がZOZOを傘下に入れ、楽天もファッション分野に注力。プラットフォームを持つEC大手の陣取り合戦が激しくなっている。
新たな潮流に対応するにはオンワードの強みである高品質の商品を多品種、小ロット、短納期で生産することが鍵を握る。これを実現するには国内工場が欠かせない。オンワードHDの保元社長はデジタル技術と熟練工の融合は「佐賀(の新工場)にしかできない」と強調する。
流行がめまぐるしく変わるアパレル業界で、純国産を国内外にいち早く広められるか。消費スタイルの変化に即応した販売・生産体制の構築も重要になる。
(企業報道部 勝野杏美)
[日経産業新聞2019年12月13日付]
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