株価主導権を掌握した米大統領
NY株価の続落を止めたのはトランプ米大統領の一言だった。「米中交渉はうまくいっている」。前日には「米中交渉は2020年大統領選挙後まで待つ」可能性まで示唆していたので、百八十度方向転換のごとき変わり身である。
特に楽観的見通しの根拠が示されたわけでもない。ただ外電が米中交渉に関して楽観的観測記事を流していたことが追い風となった。
とはいえ、4日に発表された11月民間ADP雇用レポートでは、非農業部門雇用者増が6万7000人にとどまった。ダウ・ジョーンズまとめの市場予測15万人増を大きく下回る数字だ。さらに、米サプライマネジメント協会(ISM)非製造業景況感指数は53.9と、これも事前予測を下回り、2カ月ぶりの低下となった。
それでも市場はトランプ氏の一言に安堵した。今週の株価推移を見る限り、米大統領が世界の株価形成の主導権を掌握したと言っても過言ではなかろう。日本時間ではNY株価次第の水準で大きな値動きもなく、NY時間に入るとトランプ発言に反応して急騰急落するが、その後は、引けまでほぼフラットに近い株価水準が続く。要は、24時間中にまともに動くのは米大統領発言直後の1時間にも満たない。
「米中通商交渉」という旬のネタを大統領選挙を視野に最大限利用しようとのトランプ氏の思惑も透ける。まず現状を「第1段階」と位置づけ、交渉を「生かさず殺さず」の姿勢で操っている。第1段階とて容易には合意せず、適度に市場に希望は持たせる程度で、12月15日(第4弾追加関税発動予定日)まで引っ張る、とのもくろみのようだ。そして「第1段階」が仮に合意されれば、次は「第2段階」に移る。
マーケット内ではあうんの呼吸で、この米大統領株価戦略を利用してひともうけをもくろむヘッジファンドが少なくない。そこで頻繁に使われるデリバティブがVIX(恐怖指数)というオプションだ。VIX指数は株価が急落して株価変動率が高まれば上昇する。それゆえ、VIXを買い持ちにすれば、株価下落に備えるヘッジとなる。これが本来の使われ方なのだが、今や、VIXそのものの価格変動にベット(賭ける)するヘッジファンドが増えている。株価動かずと見れば、VIXを売る。その結果VIXが下落すれば、市場は楽観的になり、神経質な株価短期変動は減り、更にVIXも下がるという連鎖現象でもうかるのだ。しかし、投機的思惑で下がったVIXの表面的数字だけを見て、市場が過度の楽観に陥るリスクがある。
いっぽう、昨年のごとく12月には株価が大きく下がると読めば、VIXを買っておく。予想どおり株価が急落すれば、市場心理も悪化して、株価変動も増長され、VIXも急騰するのでもうかる。では、この場合にVIXの売り方に回るのは誰か。VIXはオプション型投資商品ゆえ、売ればオプション・プレミアムというインカムを稼ぐことができる。これは、低金利時代に機関投資家にとっては魅力である。
短期的な相場トレンドをフォロー(追随)することでひともうけを狙う投機筋と、株価変動リスクはあるが一定のインカムが欲しい機関投資家の思惑が市場内で交錯しているのだ。
今週に入って、VIXは12台の水準から17台まで急騰後、4日には14台まで反落した。日々かなりの変動幅だ。これが本来の株式市場の姿とはとても思えない。しかし、予測不能のトランプツイートにアルゴリズムが反応して相場が形成される現状では、多くの投資家がVIXを巡る「空中戦」を傍観するのみだ。
これから年末にかけ、ただでさえ商いは薄くなってゆく。しかし、トランプ大統領を震源地とする相場の地殻変動リスクは高まってゆきそうだ。
豊島&アソシエイツ代表。一橋大学経済学部卒(国際経済専攻)。三菱銀行(現・三菱UFJ銀行)入行後、スイス銀行にて国際金融業務に配属され外国為替貴金属ディーラー。チューリヒ、NYでの豊富な相場体験とヘッジファンド・欧米年金などの幅広いネットワークをもとに、独立系の立場から自由に分かりやすく経済市場動向を説く。株式・債券・外為・商品を総合的にカバー。日経マネー「豊島逸夫の世界経済の深層真理」を連載。
・ブルームバーグ情報提供社コードGLD(Toshima&Associates)
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