これでいいのか、MVP投票 個人よりチーム成績
野球データアナリスト 岡田友輔
2019年のプロ野球最優秀選手(MVP)はセ・リーグが巨人の坂本勇人内野手、パ・リーグは西武の森友哉捕手が選ばれた。攻守の要としてチームをリーグ優勝に導いた2人の活躍はMVPにふさわしい。しかし、選出の前提や過程には、議論や改善の余地があるように思われる。
MVPはプロ野球担当記者らの投票で決まる。各記者がMVPにふさわしいと思う選手を1~3位まで記入し、1位に5点、2位に3点、3位に1点が与えられる仕組みだ。坂本勇と森は1位票の9割以上を集める圧勝だった。2位以下はセが山口俊、丸佳浩と巨人勢が続いた。パは中村剛也、山川穂高、秋山翔吾と4位までを西武勢が占めた。
日本ではよほどのことがない限り、MVPは優勝チームから選出するというのが不文律になっている。しかしこの前提には違和感を覚える。
■勝利への貢献度トップは広島・鈴木
攻守走における貢献度を勝利数に換算した「WAR」という指標がある。データ分析を手がけるDELTAの算出では、森が12球団で2位の7.8、坂本勇は同5位の6.6だった。いずれも素晴らしい活躍だ。だがその一方、12球団最高の8.6を記録した鈴木誠也(広島)はMVP投票では4位に甘んじた。しかも得点は77にとどまり3位の丸(306点)に大差をつけられた。
鈴木は広島が優勝した16年にもチームトップのWARを記録したが、MVPは新井貴浩に譲った。このときは新鋭の鈴木より、阪神から戻ってきたベテラン4番打者という「ストーリー」が票を集めたのだった。甲乙つけがたい成績であれば、ストーリーやチーム順位が影響するのは理解できる。しかし現実は、チームが優勝しなければMVP候補になる資格さえ得られない。
MVPは本来、個人に対する賞である。米大リーグではチーム成績とMVPは切り離されている。今季のアメリカン・リーグMVPは地区4位に沈んだエンゼルスのマイク・トラウトだった。毎年、チーム成績と関係なく、最も優れた選手が選ばれている。
野球はひとりがどれだけ活躍しても、それだけで優勝するのは難しい。日本のようにチーム成績を重視しすぎると、戦力の劣るチームの選手は最初からMVPの対象外になってしまう。根底には個人の活躍はチームの勝利に結びついてこそ意義があるという発想があるのかもしれない。今年の森はチーム順位に関係なくMVPにふさわしかったが、ソフトバンクがリーグ優勝していたら、どうなっていたか分からない。こうした点について、もう少し活発な議論が交わされてもいい。
ゴールデングラブ賞も記者投票による選出である。今年、セ・リーグの遊撃手は坂本勇が選ばれたが、この結果について、ファンの間ではひとしきり話題になった。データをみる限り、中日の京田陽太は失策数が坂本勇より少なく、守備率では高かった。シーズンを通じ、全球団の遊撃手の平均に比べてどれだけ失点を防いだかを示す指標「UZR」でも17.5点(算出はDELTA)と坂本勇(-3点)に20点以上の差をつけた。
ゴールデングラブ賞の選出基準は「卓越した守備によりチームに貢献し、プロ野球の技術を発揮したプレー」となっている。具体的な基準は明記されていないので、記者によって定義が異なり、混乱を招いているように映る。
守備は打撃のような指標が少なく、客観的な評価が難しい。明確な基準がないから、いきおい「華麗なグラブさばき」や肩の強さ、過去の実績といったイメージ先行で「名手」が決められがちだ。大リーグでUZRなどの指標が開発された当初、ゴールドグラブ賞の常連だったヤンキースのデレク・ジーターの数値が平均以下だったことが明らかになったこともある。
■米では投票理由を説明する記者も
統計に基づいたセイバーメトリクスが発達した現在は、以前とは比較にならないほど選手の能力や貢献度を数字で測れるようになった。いうまでもなく、野球は数字がすべてではない。セイバーが解明できていない現象はいくらでもある。だが使える数字が増えた以上、それと違う評価をするときはその理由が示された方がいい。
いいかえれば、数字では測りきれない機微を評価し、それについて語るのが記者たちの役割ともいえる。米国にはツイッターなどで自分が投票した選手を公表し、その根拠を説明する記者もいる。投票した選手が落選してもファンの共感を呼び、記者にファンがつくこともある。
MVP、ゴールデングラブ賞のほか、ベストナインや新人王も記者投票で決まる。日本の記者たちもどのような理由で誰に投票したかを積極的に明らかにすれば、そこを起点に議論が深まり、選手もファンもより納得できる人選になるのではないだろうか。ひいては賞の価値も一段と高まるはずだ。