哀楽を昇華 芸の滋味(演芸評)
四代目桂福団治 芸歴六十年記念公演
「感無量」。79歳の誕生日に開いた「四代目桂福団治 芸歴六十年記念公演」(10月26日・大阪松竹座)の口上でそう述べた福団治。入門時、落語家は20人もいなかった。上方落語の最古参は復興から繁栄への上り坂を四天王らと歩み、同時に辛苦も味わった。大舞台の光が照らし出したのは、そんな落語家人生の遥(はる)かな旅路そのものだった。
随談「顧(かえ)りみますれば」でふり返った歩みは無二の生きざまだ。三代目春団治の弟子になりペケペン落語で注目を集めて35歳の時に映画に主演。その矢先、声が出なくなる。転機となり覚えた手話で聞く芸の落語を見る芸に作り変えていった。偉業の手話落語。もたらした出会いは泣けるほど感動的だ。それは「人情噺(ばなし)の福団治」へと繋(つな)がる運命の道筋。たどった歳月に不屈の努力があり、欲得抜きの落語家の誠があった。
芸の集大成を見せたのは立川談志直伝の「ねずみ穴」だ。大阪商家の噺に移し替え、主人公の意気地と揺れる心を繊細に紡いでいく。無一文の弟が兄を頼るが施しは三文。発奮した弟は夢中で働きやがて立派な商家をかまえる。兄の真意を知り絆を結び直すが、弟の家は火事で全焼して一気に暗転。福団治の語りは弟の心を凝視し、不運に耐える姿に我が身を重ねて実意がこぼれる。再び兄に裏切られる悲憤と絶望は迫真の凄(すご)み。客の心をぬらしてわし掴(づか)みにし、夢の安堵で落ちる重量級の人情噺を全霊で届けた。
福団治はサインに「笑いと涙」と書く。人はあざなえる縄のごとき禍福と共に生きる。その哀楽を昇華し情を芯にしたのだろう。落語は演じ手の人間性を映す鏡だ。胸に響いたのは熟成60年のにじみ出る芸の滋味であった。
(演芸ジャーナリスト やまだ りよこ)
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