検量室前、騎手の人間模様 コメント取材の舞台裏
ラジオNIKKEIのアナウンサーは他局に比べて、競馬場での仕事量は圧倒的に多い……と思う(たぶん)。レース実況はもちろん、進行のアナウンス、騎手の節目勝利のインタビューなど、しゃべる仕事の次に、場合によってはそれ以上の割合を占めるのがレース後のコメント取材だ。
レース後の検量室の前で勝った馬、上位に入った馬、人気で大敗した馬など、ファンの皆さんが「なぜ?」と思う馬の関係者をできる限り取材して、放送の中でリポートするのと同時に、その内容はラジオNIKKEIのホームページや、日本中央競馬会(JRA)の運営するデータサイト「JRA-VAN」などの他媒体にも掲載される。つまり、活字という形で残るだけに、リポートの緊張感たるや実況に次ぐものがある。今回はそのコメント取材の裏話、悲喜様々な表情について書いていきたい。
現在の若い騎手の大半は、着順掲示板(5着以内)に載った場合、取材陣がコメントを欲しいということをわかっていて、コメントをしに来てくれる。コメントはメディアを通じて、馬主などの関係者にも伝わるため、しゃべる騎手も慎重になる。
大概はレース後、パトロールビデオを確認して調教師と言葉を交わした後、勝因敗因について語ってくれる。早口で話す騎手もいるので、ボイスレコーダーは私にとって必需品。メモを取る報道陣に配慮してか、ゆっくり話してくれる騎手も最近は増えてきた。もちろん、自分の言葉をより確実に伝えたいという思いも含まれているに違いない。
時々、騎手から「さっきのコメントを取り消します、改めてしゃべります」と申し出がある場合もある。まさにレース後のコメントは時に、騎手にとって死活問題となりうる。時にはレース中に他馬との絡みで不利を受けた騎手が激高して、その出来事に関して「必ず書いて!」と言ってくる場合があるが、そうしたコメントに関しては私たちも慎重になる。
■「本音」言い過ぎてとても書けない
ある騎手はレースの合間の取材の場合、こちらから話しかけてはいけないという不文律がある。自分のタイミングでコメントを出してくれるので、待っていればいいのだが、普段は検量室前で取材することのないメディア関係者が不用意に話しかけて、「地雷」を踏んでしまうケースがある。そんな時、普段から取材をしているメディア関係者は思わず頭を抱えてしまう。
以前はあまりにも「本音」を言い過ぎて、とても書けないコメントを発する騎手もいた。当然、そのまま書くわけにはいかない。その場合、コメントの内容を曲げることがない範囲で、ソフトな言い回しに変える。当然、私一人の判断では無理なので、同じ場所で聞いていた他の記者の方と相談した。
ちなみに当時のコメントは「まだメンバーや展開の助けは必要かもしれないが、今回のレースがきっかけになってくれればと思います」となった。もとのコメントは想像できないと思う。ただ、ニュアンスはさほど変わっていないはずだ。
コメントの際の言い回しも様々で、昔気質の調教師の方の弟子にあたる騎手は、少し古いいい回しをする。代表的なのは「調教」と呼ぶか「稽古」と呼ぶか。意味合いは同じでも、後で話し手の背景を見直すと、意外と顕著に表れているように感じる。「(騎手との)折り合いを欠く」と、「掛かる」のどちらの表現を使うかにも、似たようなことが言える。
ここで実名を出して書かせてもらうのは武豊騎手のケース。「さすが」としか言いようがない。長すぎず短すぎず、勝ったときも負けたときも自然体でコメントしてくれる。言及するポイントも的を射ており、レース後すぐに分析を終えていることが伝わる。しかもいわゆる業界用語を使わずコメントしてくれるところがわかりやすい。中央競馬を代表する騎手として、長年、前線に立っているのはだてではないと感じる。
ある騎手には助けられたこともある。レース後、コメントを聞いたのだが、自分でもよく理解しきれないところがあった。とりあえずメモはとったが、自分で内容を理解し切れないまま書くのはあまりにも無理がある。パトロールビデオをしばらく見ながら思い悩んでいた時、その騎手が画面をムチで指しながらもう一度説明してくれたのだ。
頭の中の蓋が「パカッ!」と開いた気がした。騎手の言い回しの意図するところを、絵で説明してくれたのだから当然かもしれない。この時以来、騎手のコメントの理解度がグンと上がった気がする。感謝してもし切れないケースだ。
■日本語でスラスラの外国人騎手も
外国人騎手のコメントも最近は無視できない。中央競馬の騎手となったミルコ・デムーロ騎手やクリストフ・ルメール騎手は全く問題ない。こちらの知りたいことを理解しているので、勝因敗因や距離適性、今後の課題についても日本語でスラスラ答えてくれる。
短期免許の騎手の場合は通訳の方次第だ。報道陣の気持ちを察して、早めにコメントを出してくれる場合もあれば、次の騎乗の準備もあってか、後回しになる場合もある。短期免許の外国人騎手の騎乗馬には有力馬が多く、勝っても負けてもコメントが欲しいので、この場合ただ待つしかない。
様々な例を書いてきたが、今後もいろいろなケースが出てくると思う。ただ、レース後の検量室前で展開される様々な人間模様は、ドラマそのもの。今後も一部だけでもコメントという形でお伝えしていきたい。
(ラジオNIKKEIアナウンサー 檜川彰人)