ヤフー・LINEが挑む「終わりなき消耗戦」
グロービス経営大学院教授が「プラットフォーム」で解説
ヤフーとLINEが経営統合を発表しました。小売りも手がける1億人規模のサービス基盤が誕生します。アジアを舞台に米中のメガプラットフォーマーに対抗する狙いですが、そこに死角はないのでしょうか。グロービス経営大学院の嶋田毅教授が、ビジネススクールで学ぶフレームワーク「プラットフォーム」の観点から考察します。
・かなり近づいた日本一の座
・GAFAに物量で戦っても勝てる見込みは小さい
・地域や機能に絞り込んだニッチ戦略にもリスク
ヤフーを傘下に持つソフトバンクグループの孫正義氏は、「ITの世界は勝者総取りの世界」という趣旨の発言をしています。事実、世界の時価総額ランキングを見てみると、GAFAやマイクロソフト、アリババ集団、騰訊控股(テンセント)といった強力なプラットフォームを持つIT系企業が上位に名を連ねています。
プラットフォームとは、ITビジネスでは、製品・サービス、人々、情報などが集まってくる「場」を指します。プラットフォームビジネスの提供者をプラットフォーマーといいます。プラットフォームの典型を示したのが上の図です。プラットフォームビジネスが発展してきた背景には、ITビジネスでレイヤー構造化が進み、個々のサービスを束ねる「場」がますます重要になったこと、ウェブや通信技術が進化してサービスへのアクセスが身近になったことなどがあります。
いったんユーザーインターフェース(UI)や消費者体験(UX)の良いプラットフォームを構築し、一定量のユーザーを獲得すると、利便性が増してさらにユーザーが増えるという好循環が生じます。これをネットワークの経済性といいます。Eコマースのプラットフォームであれば、「会員数が多い→多くの売り手が集まり、品ぞろえが増す→さらに会員数が増える→さらに多くの売り手が集まる……」といったイメージです。
また、ITビジネスは、マネタイズに広告モデルが使われることが多いのも特徴です。プラットフォームビジネスでは、テレビなどとは異なり、顧客のビッグデータを使い効果的な広告をピンポイントで配信できます。一度優位に立ったプラットフォーマーは、得られた潤沢な資金やビッグデータを背景に、さらに利便性を高める投資や顧客獲得のための広告投資などをします。その結果、特定のプラットフォームが非常に強い立場に立つのです。
話をヤフーとLINEに戻しましょう。経営統合によって彼らはどのくらい強いプレーヤーとなるのでしょうか? まずは日本国内で見てみましょう。一番強力なのは、両社の核であるコミュニケーションやニュース配信などです。両社の利用者を純粋に足せば日本の人口を超えます。
LINEは毎日利用するユーザーが多いロイヤルティーの高いサービスなので、ヤフーにとっては広告等の収益に好影響を与えるでしょう。一方、ヤフーのサービスラインやノウハウ(Eコマースなど)が加わることは、タイなどで大きなシェアを持つLINEにとって海外攻略上も魅力的です。
LINE PayとPayPayが統合されることによるキャッシュレス決済も、経営統合のインパクトが大きそうです。5000万人を超える登録者のビッグデータを取得でき、あらゆるサービスをスマホ上で提供する「スーパーアプリ」の実現性も高まってくるでしょう。また、Eコマースは依然として楽天が流通総額3兆円超でリードしていますが、ヤフーが最近ZOZOをグループ化して2兆円台半ばになったこともあり、国内ナンバーワンが視野に入ってきました。
このように見てくると、お互いの強みをさらに強化できるうまい組み合わせといえそうです。では課題は何でしょうか。合併につきもののPMI(統合プロセス)は、ヤフーとLINEそれぞれの企業合併の歴史を鑑みればそれほど大きな障壁にはならないように思われます。50対50の出資比率による新会社設立は主導権争いに結びつく可能性がありますが、スピードが重要なこの業界において、無駄な社内紛争は最小限に抑えるようなガバナンスが働くことが期待されます。
グローバルで生き残れるか
むしろこれからの真の課題は、グローバルで本当に生き残れるか、ということになりそうです。世界的なプラットフォーマーは米中から生まれ、市場を押さえています。このためヤフーとLINEが米中2つの市場に割って入ることは、かなり難易度の高い挑戦になるでしょう(ソフトバンクグループがアリババと組む可能性はゼロではないですが)。
ヤフーは米国のベンチャ―企業が作ったサービスですが、その会社は既に消滅しているので、米国での存在感は薄いでしょう。メッセージアプリに限っても、LINEが微信(ウィーチャット)やフェイスブックに勝てるかどうかは分かりません。プラットフォーマー各社が力を入れている動画やクラウドなどでもヤフー、LINE連合は遅れています。
ここからは頭の体操です。独占禁止法上、可能かどうかは不明ですが、仮にアマゾンとフェイスブック(アマゾンとツイッターでも構いません)が統合したら、日本市場ですら彼らが最強のプラットフォームになる可能性があります。アマゾンのような貪欲な企業が、停滞気味とはいえGDP3位の日本市場にさらなる機能を付加して攻めてくるというシナリオは十分にありえると考えておくべきでしょう。すでに日本国内で1兆5千億円の流通総額を誇るアマゾンが便利なメッセージアプリやSNSを持ったときの破壊力はかなり大きなものになるはずです。言語の壁もこれからはどんどん下がっていくことが予想されます。
新しいフェーズに入るプラットフォーム間競争
次の図は一般的なプラットフォームの発達段階です。これからの時代は、ステップ4が終わりなき消耗戦になっていくのかもしれません。これまではたとえば、SNSならSNS、EコマースならEコマース、OSならOSとカテゴリーごとに強いプラットフォーマーが登場し、彼らが多少の重複はあるとはいえ得意分野ですみ分けをしていました。しかしこれからはスーパーアプリの時代です。人々がより「体験(エクスペリエンス)」を重視する時代になり、ワンストップニーズが増すにつれ、あらゆる機能を搭載しないと、顧客に十分な体験価値を提供できないかもしれないのです。
スーパーアプリの時代には、ヤフーとLINEの動画での出遅れは大きな障害になるかもしれません。また、チャットボットのような新技術、新デバイスについても両社は強くありません。さらに、アマゾンゴーのようなレジレスコンビニに代表されるリアルでの存在感も、プラットフォーマーにとって重要な意味を持つようになってきています。これもヤフーとLINEの弱い部分です。
背後にソフトバンクグループやネイバーが控えているとはいえ、時価総額が合わせて3兆円程度の連合が、その数十倍の時価総額を誇るプラットフォーマーと物量で戦っても勝てる見込みは小さいでしょう。グループとして投資しているベンチャー企業群が確実に戦略になれば話は別ですが、その可能性が高いとは現時点ではいえません。地域や機能に絞り込んだニッチ戦略という方向性もありますが、ニッチ戦略のリスクである、リーダーにのみ込まれるという可能性は常について回るでしょう。
今回の経営統合で、当面、2社連合にとって、日本一の座はかなり近づいたといえます。しかし、長い目で見たときに、その地位すらも新時代のあだ花で終わる可能性はゼロではないのです。
グロービス電子出版発行人兼編集長、出版局編集長、グロービス経営大学院教授。88年東大理学部卒業、90年同大学院理学系研究科修士課程修了。戦略系コンサルティングファーム、外資系メーカーを経て95年グロービスに入社。累計160万部を超えるベストセラー「グロービスMBAシリーズ」のプロデューサーも務める。動画サービス「グロービス学び放題」を監修
「プラットフォーム」についてもっと知りたい方はこちらhttps://hodai.globis.co.jp/courses/c516495b(「グロービス学び放題」のサイトに飛びます)