小説のかたちを探求 野間文芸賞に松浦寿輝「人外」
確かなテーマ性を持ちつつも、主張を押し出すのではなく、主題が求める小説のかたちを模索する。今年の野間文芸賞・同新人賞作品にはそんな特徴がみられた。
「文学作品の基盤であり本質は言葉。言葉の姿かたちにおいて冒険したい」。「人外(にんがい)」が野間文芸賞に選ばれた詩人で作家の松浦寿輝は記者会見でこう語った。人外とは文字通り、人の外にあるもの。人外の視点で世界を巡る小説は「その企図自体が、現実を散文的に書くのではなく、必然的にポエトリーの領域に接近した」。美しく、詩的な味わいに満ちた言葉の流れ。その移ろいのなかで人外は死者をむさぼり、作品全体に死の気配が立ちこめる。「政治情勢も自然環境も、人類の存続さえ危うくなるような事態が進行している」という意識がにじむ。
戦中期の上海を舞台にした前作「名誉と恍惚(こうこつ)」は「堅固に構築された散文」だった。40歳を過ぎて小説を書き始めた松浦は「物語作品を試みて、詩にかえったことは大きい」と語り、文体の探求を深める。
新人賞は、結婚披露宴に見いだす疑義を喜劇的に描いた古谷田奈月「神前酔狂宴」と、ゲイである大学院生の日常を物語った、哲学者・千葉雅也の「デッドライン」に決まった。結婚制度や同性愛という今の時代を反映する問題意識がにじむが、選考委員の長嶋有は「どちらもテーマをがんと据えて、主張を出す作品ではない」と話す。古谷田作品は「労働小説としてもディティールまでみずみずしく面白い」と述べ、千葉作品は「学生たちが話の筋のためにいるのではない」、整理されない生々しさを評価した。「テーマが求めるベストな作風、スタイルを選んでいる」と古谷田。千葉は「具体性を膨らませたときに、(評論ではなく)小説を書く必然性があった」と述べた。
(桂星子)