強い日本馬が壁に? ジャパンC、ついに遠征馬ゼロ
レース創設39回目にして、とうとう外国馬が姿を消した。11月24日に行われる国際競走、ジャパンカップ(JC=G1・東京芝2400メートル)である。近年、様々な事情から海外からの遠征馬が減るだけでなく、質も大きく低下しており、衝撃というよりは「来るべきものが来た」と言うべきか。今年は海外G1で日本調教馬が既に年間最多タイの5勝。競争力向上は疑う余地がないが、皮肉にもそれが国内初の国際競走の基盤を崩した形だ。JCだけでなく、今年は現時点で外国調教馬の出走がない。原因はどこにあるのか?
■装具使用認めず 最後の1頭も回避
昨年のJCは遠征馬が過去最少タイの2頭。その発表は第1回特別登録が締め切られるレース2週前の日曜という滑り込みだった。今年も締め切り(11月10日)直前まで動きはなかったが、8日になって英国馬プリンスオブアラン(6歳去勢馬)の関係者が、短文投稿サイト、ツイッターで「JCに遠征する」と表明した。同馬は11月5日にオーストラリア伝統のG1、メルボルンカップ(フレミントン)で3位入線後、2位馬の降着で2着に繰り上がった。だが、日本中央競馬会(JRA)は「まだ決まっていない」と慎重な態度のまま。その理由は9日に明らかになった。午前中に遠征断念の報が伝わり、JC史上初の遠征馬ゼロが決まった。
問題になったのは、「バリアブランケット」と呼ばれる装具の使用の可否だった。馬服(馬に着せる毛布のようなもの)に似た装具で、つけたままゲートに入る。装具についたフックをゲートの支柱に引っ掛け、馬がゲートを出ると勝手に外れる仕組み。ゲート内で馬を落ち着かせる効果があるとされるが、日本では使用が認められていない。同馬の陣営は、この装具の使用許可を参戦の条件としていたため、調整がつかなかった。
プリンスオブアランは38戦6勝。昨年、今年と秋に豪州に遠征してハンディG3を1勝ずつ挙げた。メルボルンカップは好位置から遅い流れを利して3位に流れ込んだ。このレース、出走24頭中、2位入線(4着降着)のマスターオブリアリティ(アイルランド=4歳去勢馬)が最も格上で、国際レーティング(RT)118、ハンディは55.5キロだった。プリンスオブアランは1.5キロ軽い54キロを背負って鼻差の遅れ。今回は115前後のRTが与えられたとみられる。115はJRAがJC以外のレースの遠征馬に輸送費と滞在費を助成する最低条件。昨年のJC遠征馬2頭は、10着だったサンダリングブルー(英)が119、11着のカプリ(アイルランド)が118だから、プリンスオブアランはさらに格下となる。参戦しても、苦戦は必至だった。
■オセアニア競馬、短距離が主流
メルボルンカップには、日本馬メールドグラース(牡4)も参戦していた。ハンディ56キロで、JRAの馬券発売では1番人気。2番枠から道中で位置取りを下げたのが響き、追い込んで届かずの6着だったが、前走の10月19日の2400メートルG1、コーフィールドカップでは直線で外から豪快に追い込み、G1初勝利を飾っていた。また、10月26日のG1、コックスプレート(ムーニーバレー・芝2040メートル)では、6月に宝塚記念を制したリスグラシュー(牝5)が1番人気で快勝。1着賞金300万豪ドル(約2億2500万円)の高額レースを日本馬が相次いで制した。
メールドグラースは国内でG3を3連勝と勢いがあったが、いきなりG1を制したことで、豪州の中長距離G1のレベルに疑問を投じる形になった。コックスプレートは、G1・25勝を記録した同国の大スター、ウィンクス(牝8=現繁殖牝馬)が昨年まで4連覇していたが、スターが去った途端、日本馬が勝った。
もともとオセアニアの競馬は1200~1600メートルが主流で、中長距離路線は手薄だった。メルボルンカップは「国を止めるレース」と呼ばれ、全国民が熱狂する大イベントだが、すでに出走馬は欧州からの遠征馬と移籍馬に依存している。今回の出走24頭の生産国も、アイルランド11頭、英国5頭を始め、欧州産が4分の3に当たる18頭を占め、オセアニア産は豪州、ニュージーランド各2頭だけ。調教国もアイルランドの名伯楽、エイダン・オブライエン調教師の7頭出しを含めて遠征馬が11頭を占めた。レースは豪州産の地元馬ヴァウアンドディクレアが優勝したが、そもそもがハンディ戦である。ちなみに日本にはハンディG1は存在しない。
豪州の状況は、JCに遠征馬が来ない理由を考える上で示唆的だ。馬産のない香港でも、主にオセアニア産馬が走っており、中長距離路線が手薄な点は同じ。だが、地元馬が強くないことは遠征馬を集める上では逆に強みになる。香港カップ(2000メートル)、香港ヴァーズ(2400メートル)の両G1は12月第2週で、シーズンオフの欧州から多くの遠征馬が集まるが、馬の質は別問題。国際競馬統括機関連盟(IFHA)が昨年の各国のG1を順位付けした「ワールドトップ100G1レーシズ」によると、JCは上位4頭の平均RTが122.5で7位タイ。コックスプレートはウィンクスのおかげで7位タイに入ったが、それに次ぐ豪州の2~5位はすべて1200~1600メートル。メルボルンカップは100位圏外だ。JCとよく比較される香港ヴァーズは116.75で84位タイ。遠征馬の数と地元馬の能力は反比例する。
■「ティア1」と「ティア2」のはざまで
11月2日まで開かれていたラグビーW杯で、日本代表のベスト8進出とともに、10の伝統国が構成する「ティア1」という概念が注目を集めた。欧州の6カ国対抗出場国と、南半球の豪州、ニュージーランド、南アフリカ、アルゼンチンの4カ国である。ティア2の日本は今回、1次リーグでティア1のアイルランド、スコットランドを破った。アルゼンチンは以前、ティア2に属していたが、2大会連続でW杯ベスト8以上に入り、昇格した。門戸は開かれているわけだ。
競馬では、IFHAが国・地域と主要競走をパート1~3に格付けしており、日本は07年にパート1に昇格した。現在、17の国・地域がパート1だが、本来は生産・流通の指標でありながら、生産のない香港もパート1入りしている。今年、日本調教馬はアラブ首長国連邦・ドバイ、香港、英国、豪州でG1を計5勝。伝統国の英国でもディアドラが8月に牝馬限定G1のナッソーステークス(芝約1980メートル)を勝っており、日本の地位はラグビーの代表と似ている。一方で、ドバイや香港、豪州に遠征する欧州馬の多くは、いわば隙間を狙う賞金稼ぎで、オブライエン調教師の管理馬の中の「一軍半」クラスがそれにあたる。つまり、同じパート1国・地域、国際G1といっても、暗黙の秩序があり、馬が集まるのはむしろティア2のレース。その中で日本はティア1とティア2のはざまと呼ぶべき、実に難しい地位に立っている。
リスグラシューのコックスプレート出走に際しては、難題があった。豪州は防疫制度が極めて厳格で、同馬もその壁に阻まれる可能性があった。問題となったのは4月の香港G1出走歴。香港では所属馬の一部が中国本土・広州の従化区の調教施設に移っている。このため豪州では香港で出走した馬の入国を「中国本土に立ち入った馬」に準ずる存在として規制している。だが、宝塚記念で日本の有力牡馬を完封した同馬を、何としても呼びたい。当局との折衝の末に、出走への道を開いたのだ。
■ルール変更、検疫見直しも効果薄?
前記のプリンスオブアランを巡っては、JRAの硬直的な対応を指摘する声もある。個人的には、同馬がルールを急きょ、変えてまで呼ぶほどの馬かどうかは疑問で、リスグラシューを呼ぶための豪州側の取り組みと比較するのは、バランスを失した議論と思う。ただし、今回の装具のような件が、遠征の障害にならないよう、目配りしておくべきだったとは思う。
似たことは、防疫制度にも言える。日本に入国する外国馬は、競馬場に入る前に千葉・白井市か兵庫・三木市の検疫施設を経る必要があり、負担が大きい。来年の東京五輪・パラリンピックの馬術競技では、入国した馬は、会場の馬事公苑(東京・世田谷)に直行して競技に臨む。競馬でも将来的には、遠征馬が競馬場に直行できる形になるのが望ましい。
ただ、検疫や競走ルールの細部に手を入れても、遠征馬が増えるかどうかは疑わしい。日本に来る馬が少ないのは、勝つのが難しいからだ。凱旋門賞のように、厳しい戦いを承知の上で、多くの関係者が馬を送るレースは例外で、相応の格式がなければ不可能な話だ。馬を遠征させる立場で、最も魅力的に映るのは、地元馬が強くないのでチャンスは十分にあるという状況なのである。
(野元賢一)