イラク、レバノン反政府デモ拡大 米・イラン対立影響も
【イスタンブール=木寺もも子、カイロ=飛田雅則】イランの影響力の強い中東の国々で政治不安が広がっている。生活苦や汚職に反発する市民のデモが広がり、イラクではサレハ大統領が早期の総選挙実施を表明、レバノンではハリリ首相が辞表を提出した。イランと、同国の封じ込めを狙う米国の対立も混乱に拍車を掛けており、世界経済の重荷となる可能性もある。
有力産油国であるイラク各地では10月初めから反政府デモが激しくなり、これまでに270人以上が死亡した。サレハ氏は10月31日、早期に国会選挙(総選挙)を実施すると表明したが、デモは収まっていない。
「イランは出て行け」。3日夜から4日未明には、イラク南部のイスラム教シーア派聖地カルバラではデモ参加者がイラン領事館の敷地に侵入を試みる事件が起きた。治安部隊が発砲し、AFP通信によると少なくとも4人が死亡した。
デモ参加者の矛先が隣国のイランに向かうのはイラクの連立政府を主導するシーア派政党がイランの支援を受けているためだ。イラクの人口の6割はイランと同じシーア派が占める。高失業率や電力不足などの問題を解決できない政府とイランを重ねている面がある。 ロイター通信は「イランと協力する政党は(イラクにとって)害毒だ」と話すデモ参加者の声を伝えた。サレハ氏はシーア派のアブドルマハディ首相が辞任する用意もあると明かし、デモを収束させようと躍起になっている。
イランは過激派組織「イスラム国」(IS)の掃討でイラク軍を支援し、同国への影響を強めてきた。米国が国際テロ組織に指定するイラン革命防衛隊はイラク国内に拠点を確保している。イランと敵対する米国の部隊もイラクに5000人規模が駐留する。「米国やイスラエルなどがイラクの紛争や混乱を扇動している」。イラクの親イラン勢力からはこんな声も上がっている。
東地中海に面したレバノンでは10月29日にハリリ氏が辞表を提出した。アウン大統領はこれを受理したうえでハリリ氏を暫定首相に指名した。新内閣の発足には時間がかかると見られている。
10月中旬に始まった反政府デモのきっかけは、政府が「ワッツアップ」など無料の通信アプリへの課税を打ち出したことだった。もともと失業や汚職に不満を持っていた若者らが首都ベイルートの広場などに集まり、混乱が広がった。
レバノン情勢にも米国のイラン敵視政策が影響している可能性がある。レバノンではイラン革命防衛隊の傘下のシーア派武装組織ヒズボラの政治部門が国政に関与する。米国の同盟国でイランと敵対するサウジアラビアはヒズボラを意識し、数年前からレバノンへの援助を大幅に縮小しているとされる。ロイター通信によると、米国はレバノンへの1億ドル(約110億円)の軍事支援の実行を留保する。
主に1980年代、異なる宗教・宗派間の長い内戦を経験したレバノンでは、大統領がキリスト教マロン派、首相はイスラム教スンニ派、国民議会議長はシーア派などと定める。国政選挙でも宗教・宗派ごとに議席を割り振る。宗派バランスに配慮した統治は各宗派が事実上の拒否権を持つことで「決められない政治」の常態化につながっている。デモ参加者は機能不全に陥った統治制度の刷新も要求している。
米国とイランは同国の核問題を巡って激しく対立している。世界の石油生産の3割強を担う中東の輸送の大動脈であるホルムズ海峡周辺でのタンカー攻撃やサウジの基幹施設への攻撃など供給途絶リスクが繰り返し意識されている。
国際通貨基金(IMF)は10月の世界経済見通しで、世界の実質成長率が2019年の3.0%から20年は3.4%に回復すると予想する。中東を含む新興国の景気が上向くとの予測が背景だ。20年の中東・中央アジアの実質成長率は2.9%に達すると見込むものの、地域の政情不安は回復シナリオを妨げかねない。