内に熱いものを秘めた良妻賢母役 八千草薫さん死去
一見、物静かながら内に熱いものを秘めた母親。そんな役柄が多かった。1970年代の「岸辺のアルバム」「阿修羅のごとく」などがその代表だろう。脚本家の山田太一、向田邦子らがホームドラマの傑作を数多く生み出していた時代。テレビ全盛期の日本で、母親を演じた代表的な女優の一人といえる。
宝塚歌劇団の出身で、映画では稲垣浩監督の「宮本武蔵」、日伊合作の「蝶々夫人」などに出演。夫は映画監督の谷口千吉氏だった。若いころは「お嫁さんにしたい女優」、その後は「良妻賢母」というイメージを持たれていたが、私生活では、夫と登山を楽しむ活動的な人だった。幼い頃から犬に親しんだ愛犬家でもあった。
女優としてのキャリアは、2000年代に入ってさらに花開いたように見える。舞台「黄昏(たそがれ)」は繰り返し再演され、主演した映画「ゆずり葉の頃」では企画段階から制作に携わった。倉本聰脚本のドラマ「やすらぎの郷」での往年の大スターの役も反響を呼んだ。
かわいらしい女優の役なのに、憎い人を、野菜のナスを揚げて呪うのである。そんな役をやっても視聴者から嫌われない人は、なかなかいない。今年2月にがんを公表した後も、雑誌などでさばさばした様子で治療について答えていた。小柄で、芯の強い人だった。
(編集委員 瀬崎久見子)