広がる「脱ミート革命」 ファッション・医薬業界にも
ミートレスは温暖化ガスの排出削減や土地利用の減少、水の使用量削減など、環境保全への効果がある。消費者の問題意識も高く、植物肉などの代替品を好むようになっている。将来への期待も大きい「ミートレス革命」にいち早く対応している業界について紹介する。
各業界のミートレスへの対応
肉を使わないファストフードから代替ミルクの台頭まで、ミートレスの流れを採り入れて優位に立とうとしている業界は次の通りだ。
<農業・食肉>
ミートフリーの動きは、畜産から食肉処理、流通に至るまで農業・食肉業界のサプライチェーン(供給網)全体に影響を及ぼしている。
ミートレス製品によるディスラプション(創造的破壊)に脅かされる食肉バリューチェーンの中核に位置するのは、牛や豚などの家畜だ。研究室が実質的に農場に置き換わり、食肉を加工する必要がなくなる可能性があるからだ。そうなれば家畜飼料や食料の栽培に必要な土地の面積を減らし、農業に伴う温暖化ガスの排出量を削減することができる。
米ビヨンド・ミート(Beyond Meat)と米インポッシブル・フーズ(Impossible Foods)は植物由来の牛肉を手がける二大プレーヤーだ。両社は米高級グルメバーガー「ベアバーガー」や大手バーガーチェーンの米「バーガーキング」など様々な外食企業と提携し、消費者に代替肉バーガーを提供している。こうしたスタートアップは植物由来の材料を使って味と食感を本物の肉に似せているが、別の製造方法もある。
例えば、米メンフィス・ミーツ(Memphis Meats)は「細胞農業」により動物から取り出した細胞を培養して食肉を生成し、米ニュー・エイジ・ミーツ(New Age Meats)はゲノム編集技術「クリスパー」を使って人工肉をつくる実験を進めている。同様に、イスラエルのスーパーミート(SuperMeat)は食品に特化したベンチャーキャピタル(VC)の米ニュー・クロップ・キャピタルなどからシードラウンドで300万ドルを調達し、細胞培養で鶏肉を育てた。5月に1200万ドルを調達したイスラエルのアレフ・ファームズ(Aleph Farms)は細胞培養のステーキを開発。さらに、イスラエルのフューチャー・ミート・テクノロジーズ(Future Meat Technologies)は培養肉の生成コストを下げ、他社が同社の技術を使って人工肉を生産できるモデルを築こうとしている。
一方、既存大手はディスラプションから身を守ろうとイノベーション(技術革新)や投資に走っている。タイソン・フーズは傘下のVCタイソン・ベンチャーズを通じてメンフィス・ミーツやフューチャー・ミート・テクノロジーズに出資。19年には植物肉製品やハイブリッド製品を扱うブランドも立ち上げた。
英蘭ユニリーバはオランダのベジタリアン向け食品販売会社ベジタリアンブッチャー(The Vegetarian Butcher)を買収し、スイスのネスレはビーガン(完全菜食主義者)向け食品メーカー、米スイートアース(Sweet Earth)を傘下に収めた。
米ケロッグは最近、傘下のモーニングスター・ファームズ(MorningStar Farms)を通じて植物肉「インコグミート」を発売。米食品大手ホーメル・フーズは代替肉「ハッピー・リトル・プランツ」を売り出し、米大手食品スーパーのクローガーはプライベートブランド(PB)「シンプル・トゥルース」に植物肉製品のラインアップを追加しようとしている。
ミートフリー製品の市場は急成長しているが、健康への効果についてはなお議論の余地がある。肉の摂取量を減らして野菜中心の食生活にすると死亡率が下がり、医療費も減るとする研究もある。だが、代替肉バーガーはタンパク質やビタミン、ミネラルを含む一方で、重度に加工された食品でもあるため、塩分や飽和脂肪酸が多くなりがちだ。
<乳製品・卵>
代替乳製品は消費者の間で人気が高まっており、企業も注目している。
売り上げが最も伸びているのは乳製品不使用のコーヒー用クリームで、ヨーグルト、卵、アイスクリーム、チーズの順に続く。CBインサイツのデータによると、植物性ミルクの市場は世界全体で180億ドル相当に上る。
乳製品を使わない代替ミルクの代表格は豆乳とアーモンドミルクだが、他の植物性ミルクも市場に浸透しつつある。米リップルフーズ(Ripple Foods)はエンドウ豆、スウェーデンのオートリー(Oatly)はオーツ豆を原料にした代替ミルクをそれぞれ生産している。米カリフィア・ファームズ(Califia Farms)は植物由来のミルクとコーヒー用クリームを手がけており、オーツ豆乳を使ったコールドブリュー(水出し)コーヒーを発売したばかりだ。
他の乳製品でも植物由来の製品が開発されている。主要アイスクリームブランド「ベン&ジェリーズ」や「ハーゲンダッツ」はビーガンアイスを販売しているが、一部スタートアップも革新的な技術を使って乳製品を使わずに濃厚な味わいのアイスを作り出している。米パーフェクト・デイ(Perfect Day)は遺伝子配列の解析と発酵により研究室で代替アイスを開発し、米エクリプス・フーズ(Eclipse Foods)はきび砂糖、オートファイバー、ポテトプロテインなどの原料を使って牛乳のタンパク質の分子構造に似せた植物由来のアイスをつくった。
植物由来の卵の開発も進んでいる。米ジャストエッグ(JUST Egg)は緑豆を原料にしたスクランブルエッグ用「卵液」を手がけ、シリーズBの資金調達ラウンドで4000万ドルを調達した米クララフーズ(Clara Foods)は酵母を発酵させて卵のタンパク質を合成している。一方、チリのノット(NotCo)は人工知能(AI)を活用し、卵を使わないマヨネーズを開発した。同社は今年、米アマゾン・ドット・コムの創業者ジェフ・ベゾス氏のVCベゾス・エクスペディションズから出資を受けている。
<シーフード>
国連によると、世界の水産資源の9割近くがすでに枯渇したか、最大限まで漁獲または乱獲されている。さらに、養殖の有害な慣行が環境や健康に与える影響への懸念が高まっているため、各社はシーフード業界を持続可能にするために植物由来や細胞培養の製品に目を向けている。
転換社債の発行で最近1000万ドルを調達した米グッドキャッチ(Good Catch)はこの分野の草分け的な存在で、代替ツナやミニバーガー「スライダー」、カニを使っていない「クラブ(カニ)ケーキ」などを販売している。いずれもひよこ豆、そら豆、エンドウ豆、大豆などの材料を使い、藻類由来の油で風味を加えている。
米オーシャン・ハガー・フーズ(Ocean Hugger Foods)はトマトを植物由来の代替マグロに変え、ナスを使ってウナギの食感を再現している。米ニューウェーブ・フーズ(New Wave Foods)は持続可能な方法で調達された海草などの植物エキスを使い、植物由来のエビをつくっている。同社はこのほどタイソン・フーズから出資を受けた。
細胞培養されたシーフード製品も増えている。米フィンレス・フーズ(Finless Foods)は細胞を培養してクロマグロの魚肉を生成。同じ手法で米ワイルドタイプ(Wild Type)はサケ、シンガポールのショーク・ミーツ(Shiok Meats)はエビをそれぞれ開発している。
<ファストフード>
ファストフード業界は代替肉バーガーをいち早く導入した。代替肉業界の二大企業はファストフードチェーンのパートナー獲得を巡ってしのぎを削っている。
インポッシブル・フーズは米国で最近「インポッシブル・ワッパー」を発売したバーガーキングに植物由来のパテを供給している。一方、19年5月に新規株式公開(IPO)を果たしたビヨンド・ミートは、マクドナルドがカナダで試験販売する植物由来バーガーのパテを手がけている。米ケンタッキーフライドチキン(KFC)は同国の大手ファストフードチェーンとして初めて植物由来の鶏肉を試験販売した。このチキンナゲット「ビヨンド・フライド・チキン」は発売から5時間もたたずに売り切れたとされる。ドーナツチェーンの米ダンキン・ブランズやカナダのティム・ホートンズ、米ファストフードチェーンのホワイト・キャッスルも代替肉を販売している。
代替肉を採用したファストフードチェーンでは、今のところ「ミートレス」効果が出ている。米金融サービス会社コーウェンによると、バーガーキングではインポッシブル・ワッパーの発売により、この商品の取扱店の売上高が6%増え、この商品を含む注文の平均単価は同社全体の平均単価を3ドル上回った。
<レストラン>
消費者は菜食主義のベジタリアンやビーガン対応のレストランがもっと増えてほしいと望んでいるため、ファストフードチェーンだけでなくレストランも肉を使わないトレンドに飛びついている。実際、インポッシブル・フーズなど一部の企業はレストランにも商品を卸し始めている。「インポッシブル・バーガー」を提供した最初のレストランは、著名シェフのデビッド・チャン氏が手がけるニューヨークのレストラン「モモフク・ニシ」だった。
植物由来の食品の需要の高まりに伴い、世界各地の植物性材料を強調した料理にも注目が集まっている。例えば、ニューヨークのレストラン「ブンナカフェ」はビーガン対応のエチオピア料理を提供し、ロサンゼルスのベトナムレストラン「オーラック」は全てのメニューが植物由来だ。サンフランシスコの「シゼン」はビーガンスタイルの和食を提供している。
肉を使わないメイン料理はいわゆる肉料理にも及んでいる。例えば、米ポートランドにあるビーガンバーベキューレストラン「ホームグロウン・スモーカー」はグルテンミートのハンバーガーや、インドネシアの大豆発酵食品「テンペ」を使ったリブステーキ、豆腐を使った「フィッシュフィレ」などを提供している。
<ファッション>
市場規模が2兆4000億ドルのファッション業界でさえ、環境への負荷を軽減するために植物由来の素材を採り入れている。
19年2月にはロサンゼルスで初めて「ビーガン・ファッション・ウイーク」が開催され、フルーツの繊維を使ったアニマルフリーのデザインや、英アナナス・アナム(Ananas Anam)がパイナップルの葉から合成した皮革を紹介した。
スタートアップ各社は培養肉と同様に、より持続可能な衣類やアパレルの素材を開発するためにバイオ技術を活用している。例えば、米モダンメドウ(Modern Meadow)は研究室で培養されたアニマルフリーの皮革を開発し、18年にシードラウンドで220万ドルを調達した米アルジニット(AlgiKnit)は昆布由来のバイオヤーンを使ったスニーカーを生産する。米ボルトスレッズ(Bolt Threads)は生物工学を使ってシルクプロテインから繊維を合成し、米マイコワークス(MycoWorks)はトウモロコシの皮やおがくず、菌糸体を使って皮革を作り出した。
こうした新たな素材により、動物の皮革製品の市場シェアは下がる可能性がある。そうなれば家畜の需要や、温暖化ガスの排出量が減るかもしれない。
<美容>
美容やスキンケア製品で植物由来の代替品を選ぶ消費者が増え、動物由来の成分を使わない製法を編み出す企業も増えているため、ビーガン対応の美容業界が伸びている。
英国の「ザ・ボディショップ」や「ラッシュ」などの大手ブランドは天然素材を使ったコスメブランドの先駆けで、大半の製品でビーガンの材料を使用している。ユニリーバが17年に買収した米「アワーグラス(Hourglass)」は20年末までに全ての製品をビーガン対応にすると明言している。植物由来のスキンケア製品を手がける米「アプト・スキンケア(Apto Skincare)」や、傷んだ果物や実、種を使ってリップバームを製造している英「FRUU」などもこの流れに乗っている。
さらに、米バイオ技術アミリス(Amyris)の子会社で、バイオ発酵させたサトウキビから保湿剤を作り出すバイオッサンス(Biossance)、微生物の発酵を活用してアニマルフリーのコラーゲンを開発した米ジェルター(Geltor)、バイオ技術で合成したシルクプロテインを配合したスキンケア製品を販売するボルトスレッズなどがある。
<医薬品>
動物由来の成分を使わないトレンドの広がりに伴い、医薬品企業も追加の収益源としてミートレス業界への参入を狙っている。
医薬・農薬大手の独バイエルは代替タンパク質を他社に卸す事業を検討している。グループ会社のバイエルクロップサイエンスは植物由来の食品メーカーの量産化を支え、本物に近い味わいの代替肉製品を効率良く開発できるようアミノ酸のもとを提供する。
植物由来の製品を手がけるスタートアップ各社は医薬品企業からの投資やM&A(合併・買収)も引き付けている。17年には大塚製薬がカナダの植物由来の食品会社デイヤフーズ(Daiya)を買収。米製薬大手メルクのVC、Mベンチャーズは18年、オランダの培養肉会社モザミート(Mosa Meat)を取得した。