藤原定家が写本の源氏物語 「若紫」見つかる、戦後初
鎌倉時代初期に活躍した歌人、藤原定家(1162~1241年)が書き写した「源氏物語」のうち、1つの巻が東京都内で見つかった。現在まで伝わる定家の写本は4巻のみで、いずれも国の重要文化財に指定されている。戦後に存在が確認されたのは初めて。平安時代に紫式部が書いた原文に近いとみられ、源氏物語研究にとって第一級の史料となりそうだ。
新たに見つかった写本は源氏物語の第5巻「若紫」で、光源氏が後に妻「紫の上」となる少女と出会い、自ら育てると決める重要な巻。定家による注釈を含め132ページ(66丁)。定家を祖とする冷泉家の「冷泉家時雨亭文庫」(京都市)が鑑定し、8日に発表した。物語全54巻のうち、定家の写本はこれまで「花散里(はなちるさと)」「柏木」「行幸(みゆき)」「早蕨(さわらび)」の4巻が現存していた。
三河吉田藩(現在の愛知県豊橋市)藩主を務めた大河内松平家の子孫、大河内元冬さん(72)が2019年2月ごろ、東京都内の自宅にあった木箱の中から発見した。明治時代に作られた大河内家の所蔵品目録によると1743年、福岡藩主・黒田継高から、老中だった松平信祝に伝わったという。
19年4月、同文庫に鑑定を依頼し、平安・鎌倉時代に特徴的な手法ですいた和紙を使っていることが判明。さらに現存4巻と表紙や題字の体裁、本文の筆跡がほぼ同じであることから定家による写本と断定した。写本作業の大半は定家に仕える女性らがあたったとされる。しかし発見された写本には、身分が高い者のみが使った青い墨による訂正箇所もあり、定家が自ら手を加えたとみられる。
「若紫」は高校の教科書などにも数多く抜粋されてきた。鑑定にあたった同文庫の藤本孝一調査主任(元文化庁主任文化財調査官)は「新たな写本が出てくるとは思ってもみなかったことで、驚きだ」と語る。
原文が残されていない源氏物語は、定家の時代には文章が混乱していた。定家は物語の原形を復元するため、当時出回っていた写本を比較、校訂し写本を作成した。定家が手掛けた源氏物語の写本は表紙が青かったことから「青表紙本(定家本)」と呼ばれ、現在まで読み継がれる物語の基本形を作ったとされる。
現在の源氏物語は1480年代の写本である大島本に従っている。藤原定家筆の5巻目の写本が出てきたことは、本来の姿に近い物語を確認でき、定家本の流れをくむ大島本の信頼を高めることにつながる。ストーリー展開に変わりないが、微妙な注釈は変わる可能性がある。その意味で画期的だ。定家本は戦前に確認された4巻だけという固定観念を打ち破り、「まだどこかに」と夢を持たせてくれる出現ともいえる。