功労者に冷たい阪神 フロントに足りぬプロの自覚
プロ野球で上位チームがクライマックスシリーズに向けて奮闘する中、下位チームでは早くも来季をにらんだ動きが出ている。とりわけ注目されるのが阪神の鳥谷敬。来季の戦力構想に入っていないことを球団から告げられ、引退するのか、移籍して現役を続けるのか、虎党でなくても関心を持っている人は多いだろう。
鳥谷の一件で思い出すのが私の西武時代のことだ。中日から移籍した1985年、左肘のけがもあって打率2割6分8厘に終わった。前の年まで4年連続3割、3年連続セ・リーグ最多安打をマークしていただけに、ファンの期待を裏切る結果に申し訳ない思いでいっぱいだった。
■思いがけぬ言葉次々、幸せな気持ちに
「どれだけ下げられても一発でハンコを押そう」と決めて臨んだ契約更改交渉。向かい合った坂井保之球団代表に何を言われるかと思っていると、「お疲れさん、どうだった?」。期待に応えられなかったことを私がわびると、坂井さんは「いやいや」と言って、西武が1点を取っただけで大敗した、ある試合の話をしだした。「君が本塁打を打った夏休みのあの試合。負けたけど、あの1本は見に来た子どもたちの夏の思い出だよ。あの1本は多分、忘れない」。私が大幅減俸を覚悟して来たことを知ると、「給料下げていいのか? じゃあ、300万円下げていいか?」。
どやしつけられてもおかしくないところに予期せぬ言葉を次々にかけられ、幸せな思いが胸に広がっていくのを感じた。私の心情をおもんぱかってくれる坂井さんの姿勢に気持ちよくその場を後にし、「よし、来年こそはチームのために頑張ろう」と思えた。これがプロの代表なのだなとも思った。
鳥谷の話に戻ろう。8月末、来季について球団との交渉の席に着いた鳥谷は、球団幹部から「引退してくれないか」と言われたという。この時点の打率は2割8厘、打点はゼロ。木浪聖也らとの正遊撃手争いに敗れ、代打でもこれはという活躍ができずにきた現状を思えば、球団が来季の戦力構想から外す決断をしたのはうなずける話。ならばシンプルに戦力外通告をすればいいところを、なぜ「引退してくれないか」となるのか。
坂井さんのことからも分かるように、話し合いでまず球団がすべきなのは選手の考えをしっかり聞くことだ。現役生活が晩年に差し掛かっているのであれば、次のシーズンもプレーしたいのか、今いるチームを最後にするのか、引退後の人生設計はどう考えているのかなど、どんな思いを持っているのかを知る。その上で球団の考えを伝え、選手が現役続行を望むなら移籍先を探してあげるといったプロセスを取っていく。そこで有無を言わさず「引退してくれないか」と1つの選択肢しか与えないのはあんまりで、2000安打を記録したチームの功労者への扱いとしてもあり得ないものだ。
楽天の監督時代、ホッジスという投手に2軍に行くよう命じると、強い口調で抗議してきた。ものすごいけんまくからして、クビになることを覚悟して言ってきているなと思った。ここで私も怒っては議論にならない。彼には十分に登板機会を与えたものの結果が出なかったことを指摘し、2軍行きは決して解雇の意味合いを含んだものではなく、結果が伴えば必ず1軍に戻すことを約束した。変わらず戦力とみていることが分かると、彼は冷静さを取り戻し、最後は「自分が悪かった」と言った。
■ミスター・タイガースの価値理解せず
思うに野球人というのは基本的に話をすれば分かってくれる人間で、いい意味で単純な人間。しっかりと意思の疎通ができれば納得し、意気に感じて仕事をする人間だ。私は監督時代、選手とよく話をすることでお互いに考えを理解し合い、けんかをすることなくできた。阪神の球団幹部が「引退してくれないか」と平気で禁句を口にするのは、野球人の扱いというものが分かっていないのでは、と思ってしまう。
阪神では掛布雅之オーナー付シニア・エグゼクティブ・アドバイザー(SEA)も今季限りで退団する。2軍監督時代に多くの若手打者を育てたものの、金本知憲前監督との考えの違いから退任。SEAに就くことになったときは「もったいない」と思ったものだが、ついにチームを去ることになった。残念だ。
SEAになってからはオーナーのお供として得意先の接待役を担わされてきたという。1軍監督の器でありながらその任に就けず、スポンサーとの顔つなぎに使われる。スポンサーも大事だが、一番大事なのは現場ではないのか。育成の手腕にたけた「ミスター・タイガース」の価値を球団は分かっていないように映る。
今季途中に入団した新外国人のソラーテはシーズン終了を待たずして契約解除になった。「モチベーションが上がらない」と1軍昇格を拒否したことが職務怠慢と受け取られ、即退団となったが、はたしてソラーテだけの問題なのか。
屈強な体を持っていても心はナイーブという外国人は少なくない。生活習慣や文化が異なる国に住めば、何かと悩みも出てくるもの。せめてプレー環境が整っていればモチベーションは高く保てるはずで、そのための努力を球団がしていたのか疑念が残る。普段からちゃんとコミュニケーションを取っていれば、あのような辞め方をせずに済んだのではないだろうか。
戦力バランスや相手との力関係からチーム成績が低迷するのは仕方がないこと。ただ、鳥谷の問題しかり掛布SEAの問題しかり、球団内のごたごたはファンが最も望まないもので、成績の低迷以上にチームのイメージを損ねる。阪神一筋で長年にわたり貢献してきた鳥谷を円満退社に導くことすらできずに、どうしてフロントがチームをまとめることができるだろうか。選手の思いを大事にし、気持ちよくプレーさせるプロの自覚がフロントに足りない限り、阪神の復活は望むべくもない。
(野球評論家)