セレクトセール盛況、国内外に広がる名馬の血統
競馬界に夏の訪れを告げる大イベント、セレクトセールが今年も7月8、9の両日、北海道苫小牧市のノーザンホースパークで行われた。日本競走馬協会が主催する競走馬のせり市場だ。初日、高額落札馬続出で休む間もなく取材に走り回っているうちに、落札総額は空前の100億円を超え、長い長い1日が終了。2日目、木漏れ日の中で、あるいは初夏の陽光あふれる緑の平原で母馬に寄り添うようにしていた今年産まれたばかりの馬が、次々と高額で取引されていった。
近年の日本競馬界を引っ張ってきた2頭の種牡馬のうち、年初にキングカメハメハの種付け休止が伝えられ、春先にはディープインパクトの種付け中断のニュースが駆け巡った。時代の転換点を感じさせる中で行われたのが今年のセレクトセールだった。
■ディープの子供、今年も市場けん引
1歳馬が取引された初日、市場をけん引したのは今年もディープインパクトの子供たちだった。最高価格の3億6000万円(税抜き=以下同じ)を筆頭に、8頭が1億円を超える額で落札された。しかし、1億円を超えた落札馬21頭の父馬は、キングカメハメハや、その子供で後継種牡馬に名乗りを挙げるロードカナロア、ドゥラメンテ、そしてディープインパクトと同じサンデーサイレンスを父に持つハーツクライなど多岐にわたった。
この日2番目に高かったのはキングカメハメハの子で2億9000万円。オーナーの代理として落札した矢作芳人調教師(栗東)はインタビューで「種牡馬になった時にサンデーサイレンスの血筋が入っていないことが強みになるという話をオーナーとしていた。そういう(レースで活躍して種牡馬になる)レベルの馬にしたいと思っている」と話した。
今年産まれの馬が取引された2日目も20頭が1億円を超えた。そのうち6頭がディープインパクトの子で、億単位で価格が競り上がるクレージーな雰囲気の中、4億7000万円で落札された牡馬もいた。しかし、この日も目立ったのはキングカメハメハとその後継の座をうかがうロードカナロア、ドゥラメンテの子供たちだった。
この日3番目と6番目の価格でそれぞれ父ロードカナロアの牡馬を落札した有力オーナーの小笹芳央さんは「キングカメハメハの血統は、(父ディープインパクトや父ハーツクライなど)サンデーサイレンス系の牝馬に配合できる。近年は種牡馬になるような馬が引き当てられればいいという気持ちでせりに臨んでいる。一頭でも当たり(種牡馬候補級の成績を出す馬)が出れば楽しみになる」と語っていた。
セール2日目に、前年から体調不良が伝えられていたキングカメハメハの種牡馬引退というニュースが飛び込んできた。落札率91.4%、落札総額は2日間で200億円を超えるという世界に類をみない結果を残してせりは終了。インタビューに応じた吉田照哉・日本競走馬協会会長代行(社台ファーム代表)は興奮の面持ちで語った。
「馬は世代の回転が早い。種牡馬はどんどん交代していくもの。(日本でトップ種牡馬の体調不良や種付け中止が伝わっているが)米国でも次の主力と期待されたスキャットダディという種牡馬があっという間に死んだ。こうしたことは世界中で避けて通れない道だ。キングカメハメハもディープインパクトも後を継ぐ次の世代の時代になってきている。ただ、ディープインパクトや、さらに遡るとその父サンデーサイレンスのような種牡馬はまだ出て来てはいない」
日本競走馬協会のリリースによるとせりの参加者(購買者)中、海外勢は19人。予想以上の価格高騰もあり、海外勢の存在感は薄かった。だが、欧州の有力オーナーブリーダーが幹部を送り込む例もあり、海外の関心は決して低くはなかった。
■海外も関心、米国へ渡る日本の血統
2日目、父ハーツクライの牝馬を1900万円で落札したのはゲイリー・バーバー(Gary Barber)氏の代理人。南アフリカ出身のバーバー氏は、戦前の米国の国民的スターホースを扱った「シービスケット」や、初の黒人大統領のもとで戦ったラグビーの南アフリカ代表チームを描いた「インビクタス」など多くの映画作品を手掛け、大手映画会社MGMの最高経営責任者(CEO)も務めたハリウッドの大物プロデューサーだ。近年は馬主としても知られ、今年5月に米国3歳三冠レースの一つ、プリークネスステークスを所有馬ウォーオブウィル(War of Will)で制している。
上場したタイヘイ牧場の関係者によると、バーバー氏の代理人はせりの相当前から牧場を訪れて「下見」を行っていたという。4年前の同セールで9400万円で落札されて渡米したヨシダ(牡、父ハーツクライ)の芝、ダートを問わぬ活躍(2つのG1を含め重賞3勝)が、セール参加のきっかけになったそうだ。落札した牝馬は離乳を待ってこの秋にも渡米するとのこと。
近年のセレクトセールの主役だった種牡馬ディープインパクトは7月30日、17歳で急逝。後を追うようにキングカメハメハも8月9日、18歳でこの世を去った。
両馬の死が伝えられた後の8月17日、素質馬がそろった札幌競馬1レースの2歳未勝利戦を、ヒシエレガンスという牡馬が勝った。ヒシエレガンスの母の父は、ディープインパクト以前にサンデーサイレンスの後継馬として期待されながら11歳で急死したアグネスタキオン。母の母はディープインパクトの母ウインドインハーヘア。つまりディープインパクトのおいだ。
2、3着馬はディープインパクトと同じサンデーサイレンスを父に持つハーツクライとマツリダゴッホの子。4~8着をトーセンホマレボシ、ディープブリランテ、ワールドエース、スピルバーグ(7、8着馬は同じ父)というディープインパクトを父に持つ種牡馬の子供が占めた。
■来年のセール、後継種牡馬探しの場に
9月3日、オーストラリアで父ディープインパクトの牝馬が生まれた。母はベガスショーガール。同国で4歳の5月から33連勝(うちG1が25勝、G2が7勝、G3を1勝)を記録し、ワールドサラブレッドランキング1位に輝いた世界的名牝ウィンクス(Winx)の母だ。ディープインパクトの死で、4月限りでターフを去ったウィンクスとディープインパクトの配合は夢に終わったが、南北の名馬の血筋はつながることになった。
9月8日には、フランスのパリロンシャン競馬場で行われた2歳牝馬の重賞・オマール賞で日本産のディープインパクトの娘サヴァラン(Savarin)が勝利。今年の欧州チャンピオン2歳牝馬の座へ一歩前進するとともに、来春の牝馬クラシック路線に名乗りを挙げた。ちなみに4年前のセレクトセールで1億6000万円で落札されたサヴァランの3歳上の兄ジェニアル(父ディープインパクト)は日本国内では2勝止まりだったが、昨年フランスに渡り海外で初の重賞競走を制覇した。これらの牝馬を通じてディープインパクトの血統は世界に広がっていくのかもしれない。
来年のセレクトセールの当歳(0歳)市場にキングカメハメハの子はいない。ディープインパクトの子も出てきたとしても数頭だろう。後継種牡馬探しと残り少なくなったトップ種牡馬の産駒を巡り、初日の1歳市場を含めてせりがどんな展開を見せるか。矢作調教師が「一番の勝負の時」と言い、オーナーの小笹さんが「競馬の世界のカレンダーが変わるお正月のようなもの」と話したセレクトセール。今から興味は尽きない。
(ラジオNIKKEIアナウンサー 佐藤泉)