法務×テック、個人に照準 契約書分析や残業代推計
法律分野でIT(情報技術)を使う「リーガルテック」の国内スタートアップ企業が、事業の照準を個人に広げている。フリーランスが人工知能(AI)に契約の内容を調べてもらえるサービスなど、働く現場で使えるものが出てきた。残業時間を記録するアプリもある。これまでは企業の法務部を中心にリーガルテックが普及したが、働き方の変化が追い風となっている。
■働き方の変化追い風
「フリーランスや副業で働く人が使い始めた」。AIを活用する契約書分析サービスの企業、ジーヴァテック(東京・渋谷)の山本俊社長は、顧客層が企業から個人に広がってきたと話す。企業と業務委託の契約を結ぶ個人が増えたためだ。
法務知識のない人が契約書の不備を確認するのは難しい。同社のサービス「アイコン」はオンライン上に契約書を登録して読み込ませると、各条項のリスクを示す。契約が有利か不利かを判定し、修正例も提案する。
働く個人を支える非営利団体、プロフェッショナル&パラレルキャリア・フリーランス協会(東京・中央)や、個人と企業の業務受発注をネット上で仲介するランサーズ(東京・渋谷)などと、共同でサービスを提供している。基本的に契約書1枚の確認につき5000円。個人が利用しやすいよう、通常の料金プランの半額にした。
副業・兼業を含むフリーランスは1000万人と推計されている。今後増えていけば、個人が法務リスクを背負うケースも増加する。自衛のためのリーガルテックの需要が高まりそうだ。
■退職時に残業代を請求
日本企業で広がる残業削減も新興サービス企業にはプラスだ。日本リーガルネットワーク(東京・中央)は、スマートフォンの全地球測位システム(GPS)機能を使い、残業時間を記録する「残業証拠レコーダー」を提供している。個人がアプリを取り込めば残業代を自動で推計する。
17年から提供し、ダウンロード数は4万を超えた。南谷泰史最高経営責任者(CEO)は「残業代がちゃんと払われず泣き寝入りになっている。個人が退職時に残業代を請求するために利用している」と話す。
個人が相談を受けられるよう弁護士約50人と契約し、紹介している。未払い賃金の示談交渉や訴訟で実際に証拠として使われ、120万~700万円規模の残業代を請求した実績が55件ある。
私たちの生活は様々な法律の中で成り立っているという意味で、リーガルテックが入り込める場所はあふれている。クーリングオフに必要な書類の作成支援サービスを提供するのは、サンプルテキスト(大阪市)だ。
利用者はネット上で簡単な質問に回答し、クーリングオフを申請できる条件に合えば書類を作れる。作成費用は1件あたり税別7000円。契約先の基本情報、支払い状況などを入力していけば書類が完成する。
書類そのものは自力で作れる。初心者だと書類作成に2時間程度かかる。同社のサービスを使えば平均30分ほど。平井宏和社長は「早く作る需要は大きい」とみる。
日本のリーガルテックのはしりは法律相談サイト運営の弁護士ドットコム。15年に電子契約サービスを始め、このサービスで結ばれた累計契約件数は約50万件にのぼる。内田陽介社長は高齢化の中で「相続登記や遺言書の作成などで、個人需要が高まってくる」と話している。
■米で先行 ユニコーンも
リーガルテックのサービスで最も進んでいるのが米国だ。法律事務所や一般企業から浸透した。
米アイサーティスは、契約の管理や更新などあらゆる関連作業をひとまとめに見える化するサービス「契約ライフサイクル・マネジメント」の企業。米ニューヨーク州弁護士の酒井貴徳氏は「文書保存よりサービス範囲が広く、現地での注目企業のひとつ」と話す。
アイサーティスはサービス領域が広がるリーガルテックの勢いを示す。7月に1億1500万ドル(約120億円)を調達し、企業価値が10億ドルを超える非上場企業「ユニコーン」となった。
コーラル・キャピタル(東京・千代田)によると、世界のリーガルテック分野のスタートアップ企業は19年8月時点で1千社を超えた。米国では日本より先に、個人へとサービスが拡大。不動産の売買書類や遺言書の作成会社、米リーガルズームなどが知られている。
日本ではリーガルテックへの18年の投資は10億~20億円。米国の100分の1程度だ。
リーガルテックは法律を身近なものにして、ビジネスや生活の問題を解決しやすくする。欠かせないのは人工知能(AI)やクラウドといった技術とともに、専門知識のある弁護士の存在。ある弁護士は「欧米のように法律事務所が積極的に技術開発に取り組むようになれば、日本市場は広がる」と話している。
(潟山美穂)
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