カウントの力学 「初球打ち」に再考の余地
野球データアナリスト 岡田友輔
ひいきのチームが2死満塁のピンチを迎えたと想像してみてほしい。初球からボールが2球続けば、胸騒ぎが高まり、目を覆いたくなるだろう。逆に2ストライクになれば「これでなんとかなりそうだ」と希望が湧いてくるはずだ。試合の流れを1球ごとに動かしていくボールカウント。今回は野球というゲームを構成する最も小さな単位について考えてみたい。
■追い込んだら投手優位は動かない
投手と打者の力学は1打席の中でもめまぐるしく変わる。2014~18年の日本プロ野球を見てみよう(別表)。12のカウントからインプレーになった場合の結果に基づくと、最も投手有利なのは0-2で打率1割4分2厘。一方、最も打者有利なのは3-0で4割1分9厘だった。高い確率で四球が見込めるカウントだけに、あえて振るなら長打を狙える絶好球というのが条件となる。
5年間で最も多かった1-2からのインプレーでは1割7分、次に多かった2-2からでは1割9分4厘だった。「追い込む」という言葉の通り、2ストライクまでこぎ着けてしまえば、投手の優位は動かない。反対に3-1、2-0ではいずれも3割6分4厘と打者が有利になる。
ストライクが先行すれば、投手は際どいコースやボール球を使いやすくなる。ボールが先行すれば、打者は狙い球を絞って自分のタイミングで強く振れる。投手でも打者でも、結果を残している選手は自分有利のカウントをつくって勝負している。
有利なカウントをつくる能力を測るのに有効なのが「Plate Discipline」と呼ばれる指標だ。打者なら選球眼、投手ならボール球を振らせ、ストライクゾーンで空振りを取るといった能力を示す。
今季の規定打席到達者(8月22日終了時点)で最も見極めができているのが両リーグ最多の94四球を選んでいる山田哲人(ヤクルト)だ。ボール球の16.4%にしか手を出していない。3位は同じヤクルトの中村悠平で17.6%。打率2割1分1厘だった昨季は22.1%だったが、見極めが改善した今年は2割8分近く打っている。対照的に最もボール球を振っているのは大田泰示(日本ハム)、ホセ・ロペス(DeNA)、松田宣浩(ソフトバンク)といった面々で36~37%。バットに当たったときの長打力で収支を合わせるタイプだ。
■大リーグでは「初球厳選」が潮流に
投手はどうだろうか。規定投球回到達者で最もボール球を振らせているのは山本由伸(オリックス)で34.3%。以下、二木康太(ロッテ、33.8%)、今永昇太(DeNA、32.9%)、大瀬良大地(広島、31.9%)らが名を連ねる。打者にとってストライクとボールの判別がしにくい厄介なボールを投げている。一方、菅野智之(巨人)は沢村賞に輝いた昨年の34.8%(1位)から30.3%(10位)に低下し、本調子とはいえない今季の状態がうかがえる。
投手はストライクゾーンで勝負できるかも大切だ。ゾーン内で最も空振りが取れているのは春先に161キロを記録した千賀滉大(ソフトバンク)で18.9%。以下、今永(17%)、山口俊(巨人、16.4%)、有原航平(日本ハム、16.1%)と続く。ちなみに防御率1.09で54セーブを挙げた2017年のデニス・サファテ(ソフトバンク)はボール球の41.3%を振らせ、ストライクゾーンで26.5%の空振りを奪っていた。今季の救援投手にそうした圧倒的な存在は見当たらない。
カウントの特性について理解が深まっているのを感じるのが初球だ。米大リーグでは1990年代後半まで30%台前半だった初球のスイング率が徐々に低下し、最近は20%台後半で推移している。それに伴い、見逃しストライクの比率は20%台から30%台に上昇した。これは初球を振るにあたり、打者が狙い球をより厳選するようになったことを意味している。
投手のレベル向上が進む大リーグでは連打が難しくなっている。限られた安打で得点を挙げるには長打が効果的という認識が広がり、初球は長打を打てる球に限って振るというアプローチを取るチームが増えたのだ。
この考え方は日本でも参考になるだろう。日本の初球スイング率は28%前後と大リーグとさほど変わらないのだが、初球と1ボールでの打率がほとんど変わらない大リーグに対し、日本では初球が1分以上低くなっている。これは狙い球が明確でなかったり、手を出す必要のない球まで打ちにいったりしている可能性が考えられる。初球の選択肢の多さを生かし切れていないとすれば、もったいない。
0-1からのインプレーでも打率は3割1分4厘。初球でストライクを取られても、打者が大きく不利になることはない。積極性は大切だが、カウントの特性をより理解したアプローチができれば、得点をさらに上積みできる可能性が広がる。