ラグビーW杯、開催の意味を最大化するために
隗より始めよ(岩渕健輔)
6月、日本ラグビー協会の専務理事に選ばれた。全体の方向性を見る会長のもとで協会の運営を取り仕切る役職である。9月のワールドカップ(W杯)日本大会の開幕まで3カ月を切った中での就任だったが、まずはW杯を開く意味を最大化することに着手している。
4年前のW杯で日本代表は南アフリカから金星を挙げ、世界的なニュースになった。その結果、大会直後のトップリーグ開幕戦は前売り券が完売した。しかし、実際に訪れた観客は、秩父宮の収容人数の半数にも満たない1万792人。前年の開幕戦よりも減ってしまった。
対戦する両チームを経由して売ったチケットなどが、本当にスタジアムに行きたい人の手に渡らなかったことが大きな原因だった。現在、協会の各部門が原因を洗い出しており、同じ過ちを犯さないようにするつもりだ。
日本代表のプレーを見て、ラグビーを始めたいと思う子どもたちも多いだろう。彼らを全国各地のラグビースクールなどで確実に受け入れられるようにもしたい。国内のラグビーの競技者登録人数は約9万5000人(2019年3月末)。スタジアムやテレビでラグビーをよく見る人が100万人と仮定すると、日本の人口の1%しかいない。
今回のW杯は残りの99%の人と接点を持てる機会だと考えている。その人たちに大会後もラグビーのことを思ってもらえるようにすることが、自国開催の価値を最大化することになる。協会全体が大会後に起こることを予測して動かなければいけない。
私と同時に就任した清宮克幸副会長には、イノベーション(改革)プロジェクトチームを率いてもらっている。清宮副会長が7月に打ち出したプロリーグ構想はW杯終了後には、リーグの仕組みやビジネスプランといった具体的な計画が発せられる予定だ。
トップリーグが企業リーグである限り、経済状況からの影響は逃れられない。今の構造のままでリーグが30年後も維持できるのかということを考えたとき、プロリーグ化は一つの選択肢にはなり得る。
サッカーやバスケットボールも、プロ化によって選手のプレー環境が整い、競技力が飛躍的に伸びた。ラグビーでも同様の効果が期待される。従来の協会内の議論でも、2026年ごろからプロリーグ化を真剣に検討しようということになっていた。
ただ、絶対にしてはいけないのは、ラグビーGDP(国内総生産)とでもいうべき数字を減らしてしまうことだ。トップリーグの各企業が年間15億円程度といわれるお金を支援してくれていることが、日本の選手の雇用を守り、海外の一流選手がプレーする理由になっている。ラグビー界に流れ込むお金が減り、選手に大きな痛みが出ることは防がねばならない。
専務理事として協会のあり方も変えていく。競技団体にとって代表チームの強化や普及育成は大きな仕事だが、その分、ルーティンの業務が多くなりがちだ。就任時の記者会見で「現代のラグビー協会はサービス業のようなもの」と言ったが、これからの協会はお客さんを増やすための仕事を主体的に仕掛けていく必要がある。
ガバナンスにも改善の余地がある。従来は専務理事に権限が集中しており、「議論もなく一部の人間だけで重要事を決めている」という批判を生んだ。今後は協会の事務方の各部門長に権限を委ねるとともに、理事にも担当分野の決裁を任せていきたい。
役員交代の時期も見直す必要がある。会長以下の理事は2年に1度、6月に改選される。現在のサイクルだと、W杯が行われる直前の6月に改選期が来る。大事なタイミングで今回のようにトップが変わるケースは本来は適切でないだろう。
専務理事就任に伴い、もともと務めていた7人制男女日本代表の総監督は退任したが、同男子代表のヘッドコーチ(HC)は続けることになった。専務理事との兼任に疑問を持つ方はおられると思う。
ただ、東京五輪まで1年というタイミングでHCが交代し、指導方針が大きく変わることはリスクが大きい。本番でメダルを目指すにはこの方法がベストだと考えたし、日本協会の最終的な判断もそうなった。覚悟を決め、時間をやりくりしてやりきるしかない。
7人制男子日本代表は7月末に「オリンピックを想定した強化合宿」を行った。来年の本番と同じ日程や会場、環境で試合をするという試みである。
競技団体が独自にこうした五輪のテストを行うのは珍しく、他競技からも視察に来られた。やってみて、実際に様々な収穫を得ることができた。
まずは暑熱対策。今年は梅雨が明けて暑くなる時期が遅かった。大会期間と想定した3日間で本当に暑くなったのは2日目からだが、ここから選手の疲労が急に高まった。来年に向けて何らかの対策をする必要がある。今回は直前まで北海道で合宿をしたが、来年はもっと暑い場所で練習した方が良さそうだという知見も得た。
試合中に、本番と同様の観客の大歓声をスタジアムで流すこともした。今まで通りのコミュニケーションの取り方だと声が聞こえないことを選手、スタッフが身を持って体験できたことも大きい。
15人制の日本代表も10日までのパシフィック・ネーションズカップ2019で優勝。試合内容も良いものだった。9月の本番に向け、さらに準備を重ねていい状態で臨んでもらいたい。
この2年間はラグビー界の今後50年を決める年になる。現場も協会も、その使命感を持って取り組んでいきたい。
(日本ラグビー協会専務理事、7人制男子日本代表HC)