アルゼンチン大統領、背水の大衆迎合 予備選で敗北
【サンパウロ=外山尚之】アルゼンチンのマクリ大統領は14日、最低賃金の引き上げなど分配策を柱とする緊急の経済対策を発表した。11日に実施された大統領選の予備選挙で、対抗馬の左派候補に大差をつけられたのを受け、挽回を狙い、左派陣営の大衆迎合的な政策を取り込む形で新たな経済対策を打ち出した。市場では場当たり的な姿勢が嫌気された。通貨ペソは同日8%安と、下落に歯止めが掛からなかった。
「月曜日の発言について謝りたい」。14日朝、マクリ氏のテレビ演説は国民への謝罪から始まった。10月27日の大統領選の本選に向けて実施された11日の予備選で同氏は、ライバルで左派のアルベルト・フェルナンデス元首相に15ポイントもの大差をつけて敗れた。12日には株価や通貨が急落したが、マクリ氏は「(左派陣営が)国際社会から信用されていないためだ」と、この時はまだ強気の発言を貫いていた。
しかし、14日には一転して同発言を撤回。マクリ氏が発表した経済対策には左派陣営が得意の分配策がずらりと並んだ。最低賃金を引き上げるほか、ガソリン価格を90日間にわたり凍結するという。200万人の労働者を対象に月2000ペソ(約3500円)の減税も実施し、公務員への5000ペソの特別一時金など予算規模は400億ペソの大盤振る舞いとなった。
これは15年に当時の左派政権を破って就任した改革派のマクリ氏が「野党の政策は財政規律を無視したポピュリズム(大衆迎合主義)だ」という従来の主張をあっさり撤回し、むしろ、批判してきた左派陣営の政策に近づけた内容といえる。
マクリ氏は15年の大統領就任後、規制緩和や貿易の自由化を進めてビジネス環境を整備する一方、補助金の削減などに手をつけ財政再建を推進する姿勢が評価され、支持を集めてきた。
マクリ氏の方針転換に対し、市場は失望売りで応じた。通貨ペソは14日、前日比8%近い下落を記録し、1ドル=60.24ペソと終値で過去最安値を更新した。前週末比の下落幅は25%近く、主要株価指数メルバルは同3割安の水準だ。「財源の裏付けがなく、市場の信頼は取り戻せない」「効果は限定的で、末期患者への鎮痛剤だ」――。地元メディアは今回の政策に対するエコノミストの批判の数々を紹介している。
マクリ氏は14日、市場の動揺を収めるためフェルナンデス氏との直接会談を希望したが、同氏は拒否した。その後、電話会談には応じたが「解決策は我々ではなく、彼らの手の中にある」と述べ、マクリ政権が自らの責任で対応すべきだと突き放した。
アルゼンチンでは18年に通貨下落が始まり、インフレ率の高騰に伴う経済低迷でマクリ氏の支持率も下落し始めた。一方、野党の左派陣営は新自由主義的な経済政策が不況を招いたと主張し、支持を拡大した。
アルゼンチンの混乱は隣国のブラジルにも波及している。ブラジルのボルソナロ大統領は13日、「左派の盗賊が権力を取り戻しつつあり、アルゼンチンはベネズエラの方向へと歩んでいる」と述べ、警戒感を示した。両国は経済関係も深く、通貨レアルも弱含む。
両国は関税同盟である南米南部共同市場(メルコスル)に加盟しており、6月には欧州連合(EU)との自由貿易協定(FTA)で合意したばかり。地元紙グロボ(電子版)はアルゼンチンの左派政権誕生に伴う対立を警戒し、ボルソナロ政権がメルコスルからの脱退について検討を始めたと報じている。