1軍登板の阪神・藤浪 8四死球、信頼取り戻せず
阪神の低迷が続いている。巻き返しのカギを握るのは、8月1日にやっと1軍復帰した藤浪晋太郎投手と見られた。だが、期待を裏切ったままでいる。果たして"元エース"はよみがえるだろうか。
藤浪は大阪桐蔭高のエースとして、2012年甲子園大会の春夏連覇に貢献した。13年にドラフト1位で阪神入りし、同年から3年連続で2桁勝利(10、11、14勝)をマークした。
だが、輝いていたのはこの辺りまで。入団4年目の16年には7勝を挙げたものの11敗と、初めて負け越しを経験した。その後は二線級投手に落ちたかのよう。17年は3勝5敗、18年は5勝3敗ながら防御率は自己ワーストの5.32。
そして今季は長い2軍暮らしが続いた。1軍初登板だった1日の中日戦(甲子園)は先発して五回1死まで投げ、1失点だった。被安打は4本だが、8四死球を出す大荒れ。これでは首脳陣の信頼を取り戻せないし、バックも守るのに苦労する。翌2日にすぐ2軍へ逆戻りした。
大阪桐蔭高でバッテリーを組んだ森友哉捕手(現西武)は、藤浪の最大の長所として「修正能力」を挙げた。フォームのわずかな乱れを指摘すると、すぐに修正してペースを取り戻した。高校時代のその姿が、今は影を潜めている。
■投球フォーム問題で混迷
もともと、制球のいい投手ではない。やや三塁方向へ踏み出す「クロスステップ」が原因だと見られた。真っすぐに踏み出すよう、"ため"を作るフォームを試みた。それが2段モーションとみなされる恐れがあるということで、元へ戻した。
「ボールが暴れるのは彼の持ち味。それを、無理に直そうとするのはよくない」と、一部の解説者が言い、フォーム問題は混迷した。藤浪にもプロ入り当初の3年間、きっちりとローテーションを守って35勝(21敗)したプライドがある。
だが、プロは今の結果がすべて。状態が最も悪かったときには2軍戦でもストレートでストライクがとれず、周囲をあきれさせたことがあった。輝いていた時期だけを基準にして考えると、事はうまく運ばない。
1日の先発で降板してベンチへ戻るとき、スタンドからこの日一番のねぎらいの拍手が巻き起こった。これには藤浪も目を潤ませるほど感激した。「なんとしてでも、期待に応えなければならない」
技術的には指がボールにしっかり掛からない、いわゆる"抜け球"が何球もあったことを反省した。首脳陣も本人も、復活にはまだ疑心暗鬼ではないか。チームの前途は依然険しい。
(スポーツライター 浜田昭八)