全英V渋野、東京五輪へ前進 代表争いは激化
編集委員 吉良幸雄
「スマイリング・シンデレラ」。AIG全英女子オープンで海外記者に名づけられたニックネームは、実に言い得て妙だ。ツアー初優勝した5月のワールド・サロンパス杯の記者会見で連日、報道陣を和ませた渋野日向子(しぶの・ひなこ)の屈託ない笑顔は、ゴルフの本場・英国のファンやメディアも魅了した。昨夏のプロテストで合格したばかりの20歳が、海外メジャー初出場で日本人選手として42年ぶりの優勝という快挙を達成。ツアー仲間から「シブコ」と呼ばれる令和のシンデレラが「シブコ・フィーバー」を巻き起こしている。
三姉妹の次女の渋野は、幼稚園の頃は「仮面ライダー」ファン。運動神経がよくて活発な少女は小学2年の8月からゴルフを、12月からは「平島スポーツ少年団」(岡山市東区)でソフトボールを始めた。ソフトでは投手、体のバランスを整えるためバッターとしては小3からは左打ちに変えている。中学2年までは軟式野球部に所属。今もソフトボールが大好きで、シーズンオフは同少年団で小学生に交じってソフトに興じているという。
父・悟さんは砲丸・円盤投げ、母・伸子さんはやり投げと、ともに筑波大出身の投てき選手だった。悟さんは国体2位、伸子さんもインターハイに出場するなど活躍。165センチの渋野もアスリートタイプで下半身や体幹が強く、パワフルなショットの源になっている。今季の国内ツアーで、平均飛距離とフェアウエーキープ率を合算したトータルドライビングは5位だ。
2打差の首位でスタートした全英最終日は前半、4パットダブルボギーが響き3位に後退した。しかし優勝争いを左右するバックナインではフェアウエーを一度も外さず、短いパー4の12番では1オンに成功、5バーディーを奪い勝利をつかんだ。インでは4日間31、30、35、30。ボギーを一度もたたかず、18バーディーを記録している。
苦しいときでも笑顔
昔から「笑顔がトレードマーク」と悟さん。2017年秋から指導、今回はバッグを担いで快進撃を支えた青木翔コーチは「明るくて天真爛漫(らんまん)。どんなに苦しいときでも笑顔」。本人によると、「試合でもいつも笑顔」は昨年あたりから。下部のステップアップツアーでミスをしてイライラ、感情を出すとダボを打つなどスコアを崩す傾向があったからだという。「トラブルでも笑っていれば何とかなるかと」。全英の3番で4パットのダブルボギーをたたき、表情がこわばったが、じきに笑顔を取り戻した。
渋野は作陽高(岡山)を卒業後、17年夏の1回目のプロテストには失敗した。だが、青木コーチの教えで、長い腕が邪魔しないようハンドダウンに構えることで、右へのプッシュアウトや左に曲がるチーピンがなくなりショットが安定。全英ではパットも精彩を放った。ショートゲームの練習を強化し、同じ1998年度生まれで「黄金世代」の大里桃子(21)や河本結(20)、原英莉花(20)らとともに昨夏のプロテストを14位で合格。ツアー最終予選会を40位で突破、今季の出場権をつかんだ。
パット巧者の鈴木愛(25)を参考に練習を重ねて自分なりのリズムをつかんだのだろう。試合会場のパッティンググリーンでは、カップの周り9カ所からパットを決める練習を続けている。今季の平均パット数(1.7660)は3位で、meijiカップでも随所で好パットを披露した。
全英から帰国した6日は羽田空港、日本記者クラブで記者会見を行い、翌日に北海道入り。凱旋試合となった北海道meijiカップ(9~11日)は体調が最悪ながら9位で予選を突破。最終日は17、18番を連続バーディーで締め72で回り、13位タイで終えた。全英を含め25試合連続でオーバーパーなしのラウンドを継続。ファンの期待に応えたいと奮闘し、精神力、体力の強さを改めて印象づけた。
「黄金世代」の勝みなみ(21)や畑岡奈紗(20)、新垣比菜(20)らが先にひのき舞台に出ても「みんなのことをライバルとは思っていない。自分は自分」。一躍、世界のヒロインになったが「今までの性格で貫いていくつもり」と、自然体の「シブコ」は変わらない。
東京五輪で金メダル
サロンパス杯、資生堂アネッサレディース、そして全英女子。国内外で3勝を飾り、今年3月末時点では417位だった世界ランクは14位までジャンプアップした。全英前の日本勢4番手から、10位の畑岡に次ぐ2番手に浮上し、東京五輪出場に近づいた。「自国開催だから五輪で金メダルを取りたい」と渋野。ただ米ツアーメンバーにはならず、これまで通り日本ツアーを主戦場にする。「日本が好きだし、まだまだ日本でプレーしたい」。五輪代表決定は20年6月末で「来年まで1試合1試合気が抜けない」と気を引き締める。
他の選手も、今後の国内ツアーの活躍次第で、五輪前のANAインスピレーションや全米女子オープンに出場できる。渋野のように、世界ランクの大幅アップも可能だ。12日付世界ランク51位で日本勢5番手の河本も「日向子ちゃんが(メジャー優勝)できるなら、私たちもできると思える」。黄金世代ら20歳前後の選手にとっては海外メジャーVも「夢」から、「現実」に近づいたに違いない。
17年賞金女王で今季3勝の実力者、鈴木も3番手のランク28位で続く。渋野の全英優勝は大いに発奮材料になった。2週前の大東建託女子で今季2勝目を挙げた成田美寿々(26)も「プロ入りしてから、五輪(出場)のほうに重きを置いている。リオも出るつもりだった。スポーツの頂点は五輪」と日の丸を背負って東京五輪で戦うことにターゲットを絞っている。残り1年を切った代表レースは、ますますヒートアップするだろう。